現在、特別養子縁組に向けて待機している嶺かおるさんが、遠距離恋愛の末、12歳年上のパートナーと「事実婚」をしたのは34歳のこと。そして不妊治療をはじめ、一時休止を経て、治療開始から2年後の36歳で不妊治療を終了した。お金と時間と労力とをかけてまで、なぜ自分たちは子どもを欲するのか…。自問自答を繰り返す、嶺さんの思いの丈を綴るこの連載。

今回は、「特別養子縁組」に向けて入籍したもののなかなかプロセスが進まず、難航していた状態が、ある民間あっせん団体の講演に足を運んだことにより突然動き出したことついて綴っていただいた。

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突然動き出した特別養子縁組のプロセス

34歳のとき、仕事で知り合った46歳の男性と結婚。早いタイミングから不妊治療に一定期間取り組んだものの妊娠には至らず、自分たちの年齢も鑑みて特別養子縁組に舵を切った。報道では若年妊娠の問題が叫ばれていて、希望すればすぐに特別養子縁組は実現するのだと思っていた私たち夫婦だが、児童相談所では、最初に参加が求められている説明会の予約さえままならなかった。そして、モチベーションをうまく保つことができず、特別養子縁組のためのきっかけを探し続けることができなくなっていた。

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いよいよ特別養子縁組への情熱も失いかけていた頃、地元新聞のイベントの開催情報で特別養子縁組の民間あっせん団体主催の講演会の情報を見つけた。私は、すぐに有給休暇を申請してその講演会に参加した。

講演会は児童相談所の所長さんと産婦人科医によるパネルディスカッションと、特別養子縁組にて養子を迎えた養親による講演の2部構成だった。パネルディスカッションでは若年妊娠の現状などが紹介されていて興味深かったが、この日の私の最大の目的はとにかく養親候補としての話を進めてもらうことであった。

講演後に講演会の担当の人と話すことができた。養親希望者への説明は個別に行っているということで、後日そのスケジュールを決めましょう、ということになった。約束通り講演会の数日後に団体から連絡が入り、トビー氏(夫。トビハゼ似)と私がその団体の事務所まで行ける2週間後で説明会の日程が組まれた。とたんに特別養子縁組への道が大きく拓けていった。