2021.06.26

「キャンセル・カルチャー」はなぜ問題なのか…? ネット時代特有の「意外な悪影響」

ベンジャミン・クリッツァー プロフィール

こんな批判が行われてきた

そして、意見の内容そのものに「暴力性」が含まれており、マイノリティに対する加害につながる可能性も危惧されるようになった。

有名な事例では、人種間に生来的な知能の差がある可能性を指摘したチャールズ・マレーとリチャード・バーンスタイン、科学や理工系分野の研究者に女性が少ない理由の一因は男女の生来的な興味と関心の差である可能性を示唆したローレンス・サマーズ、性暴力の原因は社会的なものと限らず生物学的な要素もあると論じたクレイグ・パーマーとランディ・ソーンヒルなどの学者たちが、厳しい批判を受けた。

最近の事例では、トランスジェンダーについて性科学の研究に基づく議論を行ったデボラ・ソーが批判された。また、生命倫理学者のなかには障害を持つ胎児や新生児の殺害は許容されると主張する人たちがいるが、そのような主張をすること自体が現に障害を持って生まれて成長してきた人たちに対する暴力であると見なされて、問題視され続けている。

 

「思想の自由市場」論に基づけば、暴力性が含まれる意見も議論の場に持ち出し、批判や反論の対象として、そのような意見が間違っていることを示すべきだ、ということになるかもしれない。しかし、「自分の能力が劣っていると言われている」「自分の存在が否定されている」と思われかねない意見に対して、マイノリティ本人が冷静に反論を行うことは精神的負担が大きいだろう。そのような意見を言われる可能性のないマジョリティに比べると、ここでも、マイノリティは議論の場において不利な立場にいるのだ。

「議論の場が不均衡である」という認識から、その場に参加するマイノリティの数を意図的に増やすアファーマティブ・アクションなど、議論の場の外側から対応することで場をフラットにしようとする対応が行われるようになった。そして、「意見のなかにはマイノリティに対する暴力性が含まれるものがある」という認識は、そのような意見を議論の場で取り上げないことや、暴力性を含む意見を持つ人を議論の場から排除するという対応を正当化したのである。

このような事情が、昨年の夏にスティーブン・ピンカーが対象になったものをはじめとして、欧米のアカデミアで実践されるキャンセル・カルチャーの背景にある

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