2021.06.26

「キャンセル・カルチャー」はなぜ問題なのか…? ネット時代特有の「意外な悪影響」

ベンジャミン・クリッツァー プロフィール

多数派が正しいとは限らない

「思想の自由市場」論の考え方を簡単にまとめると、以下のようになる:ある物事についての事実とはなにかを知ったり、なんらかの論点についての妥当な解答とはどういうものであるかを理解したりするためには、どんな意見でも発表できて、異なる意見を持つ者同士が議論できる場所が不可欠である。

わたしたちが真理にたどり着くためには、対立する意見をぶつかり合わせることで、より真理に近い意見はどちらかということを判断する必要がある。したがって、どんな意見を持つ人であっても、議論の場から排除することはできない。そうすればするほど、わたしたちは真理から遠ざかってしまうためである。

ある人が持つ意見や少数派の意見を多数派が「間違っているはずだ」と判断して、議論の俎上に載せもせずに排除することには、様々な危険が含まれる。そもそも、多数派の判断のほうが誤りであって、少数派の意見のほうが真理であるかもしれない。とすれば、少数派の意見を排除してしまうと、わたしたちは永遠に真理にたどり着くことはできなくなってしまう。

 

また、実際の議論においては、「片方の意見は完全に正解であり、もう片方の意見は完全に間違っている」という状況のほうが珍しい。多数派の意見はおおむね正しいが一部の誤りを含んでおり、少数派の意見は基本的には間違っているが一部の真実を含んでいる、という状況も多々あるのだ。このような場合には、意見をぶつかり合わせることで、多数派の意見のどこがどう間違っていて、どのように修正すればいいかが明確になる。

逆に言えば、一見すると完全に間違っているような意見であっても、それを取り上げることが認められない状況では、一見すると正しいように思える意見に含まれる一部の誤りにわたしたちは気付くことができないままになってしまうのである。

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