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止まらない恫喝と疑心暗鬼…バラバラ鬼畜殺人犯たちが南アフリカで「空中崩壊」するまで

2020年9月24日、コロナ禍の最中、一人の男が「再逮捕」された。男の名は紙谷惣(46)。2003年に東京都奥多摩町の山中で男性の切断遺体が見つかった猟奇殺人事件の容疑者だったが、事件直後から南アフリカ共和国に逃げ、殺人容疑で国際手配されていた。

紙谷容疑者は2020年8月に逃亡先の南アフリカ日本大使館に出頭。新型コロナウイルスの感染拡大を理由に帰国を求めた。国際手配していた警視庁が警察庁などと協議して帰国させ、意外な幕引きを遂げることとなった。

17年にわたり国外逃亡を続けていた紙谷容疑者だが、その裏では警視庁捜査第一課との度重なる「駆け引き」が繰り広げられていた。日本警察の面子を掛けた国際捜査の全貌を、当時事件を担当した警視庁捜査第一課元刑事、原雄一が明かす――。

悲惨な逃亡行脚

11月1日午後10時過ぎ、マリコさんを乗せた捜査車両が高井戸署に到着した。高井戸署前には数台の報道カメラが待ち構えていたが、特に混乱もなく刑事組織犯罪対策課の取調室に入ったマリコさんに、古川信也さん殺害の逮捕状を示して読み聞かせ逮捕した。

しかし、マリコさんは逮捕事実を否認した。当然と言えば当然である。

「松井やその配下の者たちに脅されて、自分の命を守るためにやむを得ず手を貸す素振りをしただけです」

勾留期間中、マリコさんの取調べ、共犯者の取調べ、引当り(被疑者による現場案内)等の所要の捜査を進めた結果、東京地方検察庁は、マリコさんに関して、殺人の実行行為、殺意、共謀等に疑義が生じる点、緊急避難が成立する余地がないと断じることは困難な点等から、11月22日、嫌疑不十分として不起訴を決定した。

これに伴いマリコさんは釈放され、晴れて親元に帰ることになった。

ただ、このマリコさんの取調べから、松井、紙谷らの逃亡生活が少しずつ明らかになってきた。

紙谷惣容疑者(1999年撮影)=警視庁ホームページから
 

「平成15年10月、日本から南アフリカに逃亡すると、ヨハネスブルグの大邸宅に4人で転がり込みました。ここは、松井が慕う日本人ボスと取り引きする南アフリカ人男性の家でした。ところが、ミドリが帰国してしまい、3人で一時的にダーバン方面に逃げ、さらに翌年にはケープタウンに移り、平成17年には、当初のヨハネスブルグの大邸宅に戻りました。しかし、ここも半年くらいで出てケープタウンで生活していました。

住居を転々とした理由は、インターネット詐欺で生活費を稼いでいたので、足が付かないようにするためでした。その後、ヨハネスブルグやダーバン界隈を転々として生活し、平成22年10月からは松井の取引先の男性ジョセフの紹介で、プレトリアのモンタナパークの豪邸を借用して生活していました。しかし、翌23年6月16日、松井が、『お前らみたいなお荷物がいるから俺は疲れた。死ぬことにした』と言い出し、これを聞いた紙谷と松井は口論となり、結局、呆れた紙谷が家から出て行ってしまいました。紙谷は、現地語を流暢に話し、既に独自に生計を立てていました。紙谷の離反は松井に大きなショックを与えました。焦った松井は、連日紙谷を探し回りましたが見付からず、すっかり傷心してしまいました。さらに、仕事の成果も挙がらなくなり、9月28日、松井は私に『自殺する』と言っていなくなってしまいました。そこで、私は顔見知りになったジョセフに松井と紙谷に監禁されていたことを打ち明けて保護してもらっていました」

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