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中国「人民解放軍による宇宙開発」が近々アメリカの脅威となる可能性

排除すれば「独自技術」が進化する

中国の宇宙ステーション計画

先週6月17日午前9時22分、中国甘粛省にある酒泉衛星発射センターから、有人飛行船『神舟12号』を搭載した『長征2号』ロケットが発射された。

それから9分33秒後、『神舟12号』とロケットの分離に成功。予定された軌道に乗って、聶海勝(Nie Haisheng)、劉伯明(Liu Boming)、湯洪波(Tang Hongbo)の3人の宇宙飛行士が、宇宙空間に送り出された。

さらに約6時間半後、『神舟12号』は、先に打ち上げていた『天和核心船』とのドッキングに成功。『天和核心船』に乗り移った3人の宇宙飛行士が、カメラに向かって笑顔で手を振る映像が、CCTV(中国中央広播電視総台)のニュースで流れた。彼らは今後、約3ヵ月にわたって宇宙空間に「居住」しながら、無重力の中で様々な実験を行っていくという。

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私は数年前に、北京で若手科学者たちから、中国の宇宙開発計画について話を聞いたことがある。その中で彼らが強調していたのが、「中国の宇宙ステーション計画は、ISS(国際宇宙ステーション)への参加を、アメリカに拒絶されたところから始まった」ということだった。

ISSについては、日本の宇宙開発を担うJAXA(宇宙航空研究開発機構)のホームページの解説が詳しいので、そこから引用する。

〈 米国の航空宇宙局(NASA)では、1982年から、国際宇宙ステーション(ISS)についての計画が話し合われてきました。本格的に取り組み始めたのは、 1984年のこと。当時の大統領・レーガンが「人が生活することのできる宇宙基地を、10年以内に建設する」という発表を行ったことで、国際宇宙ステーションへの計画が正式にスタートしました 〉

レーガン政権の狙いは、ソ連との冷戦を勝利に導くことにあった。そこで、1983年に打ち出したSDI(戦略防衛構想)、通称「スターウォーズ計画」の延長線上に、ISSを立ち上げたのである。ソ連包囲網を築くため、アメリカは西側の同盟国にも参加を呼びかけた。

 

〈 NASAは、この計画を国際協力により進めることとし、'82年中頃からカナダや欧州諸国等の友好国に対して調査・研究段階から計画に参加するよう呼びかけ、'82年6月、日本に対してもNASAベッグス長官(当時)より中川科学技術庁長官(当時)に対して参加要請がありました。

ロンドンサミット(1984年6月)において、サミット関係各国に対し、国際宇宙ステーション計画への参加を呼びかけました。

サミット参加各国は、国際宇宙ステーション計画は、経済の強化と生活の質の向上を導く技術開発をもたらす計画であると評価するとともに、この計画への参加について検討していくことを明らかにしました。

1985年1月、欧州(ESA)は、その理事会において「欧州長期宇宙計画」の中で、独自の宇宙ステーション計画としてコロンバス計画を承認し、この準備計画を米国の国際宇宙ステーション計画の予備設計作業への参加協力として実施することとし、'85年6月、宇宙ステーション計画予備設計了解覚書に署名しました。

さらに、1985年4月、カナダは、宇宙ステーション計画予備設計了解覚書に署名しました。

一方、日本においては、宇宙開発委員会宇宙基地計画特別部会において、予備設計段階の活動に参加するにあたっての基本的な考え方の検討が行われ、'85年4月、「宇宙基地計画参加に関する基本構想」をとりまとめました。

1985年5月、科学技術庁とNASAとの間で、宇宙ステーション計画予備設計了解覚書が署名され、我が国においても予備設計が開始されました 〉

ところが、1991年にソ連が崩壊してしまい、宇宙ステーションを建設する前に、「打倒ソ連」という目標が達成されてしまった。そこでアメリカは、財源不足に陥ったこともあり、先端宇宙技術を持つ新生ロシアも取り込んだ。

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〈 1988年9月に関係各国との間で政府間協定(IGA: Inter Government Agreement)が、またその後、NASAと各国の実施協力機関との間で了解覚書(MOU: Memorandum of Understanding)が締結されました。このIGAは1989年6月の国会で承認されました。

一方、冷戦終結後の協力について米ロ間で協議が行われていたが、この中で宇宙ステーション計画へのロシアの参加問題が取り上げられ、米国よりパートナー国の日・欧・加に協議されました。

日本ではこれを受け、1993年12月1日、宇宙開発委員会が国際宇宙ステーション計画に対するロシア参加の共同招請は妥当との見解を発表しました。

1993年12月6日、ワシントンで開催されたIGA(政府間協定)政府間協議において、ロシアを国際宇宙ステーション計画のパートナーの一員として招請することが、正式に決定され、その後、ロシアは日欧加の共同招請を受諾しました。

1994年3月、国際宇宙ステーションにロシアが提供する要素を含む国際宇宙ステーションの全体構成、スケジュール等が決定されました。

1998年1月30日に米国のワシントンで、新たなロシア、スウェーデン、スイスを加えた国際宇宙ステーション協定(IGA: Inter Governmental Agreement)が署名されました。これにより、国際宇宙ステーション計画への参加国は、15ヶ国となりました。また、1998年2月、了解覚書が、2月24日(現地時間)にワシントンで署名されました(我が方署名者は斉藤駐米大使、先方はゴールディンNASA長官。)〉

 

こうして紆余曲折を経て、20世紀末にISSは正式に発足。21世紀の宇宙ステーション計画を担うことになったのだ。

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