最大勢力を誇った五代目山口組の最高幹部たち(撮影 眞弓準)

山口組の大物たちはなぜウソをつくのか

溝口敦とヤクザたちの本当の関係

裏社会に強いジャーナリストの双璧、溝口敦と鈴木智彦。その溝口敦の話題作『喰うか喰われるか 私の山口組体験』を鈴木智彦が豊富な現場取材に基づく視点から説き明かす短期連載の最終回。ヤクザはメディアをどう利用し、支配しようとしてきのか?

今うちの代表が会ってます

2014年8月、山口組が再び分列すると、溝口の下に情報が集約された。分列直後、離脱派の神戸山口組は追い風を吹かせるため、溝口にせっせと六代目山口組の内情を伝え続けた。暴力団たちは誰に情報を渡せばいいかはっきりと認識していた。私や実話誌記者にネタを託したところで、自主規制によって無毒化される。斟酌せず書くのは溝口だけだ。

司忍六代目山口組組長
 

その後、神戸山口組の最大派閥である山健組が分列し、任侠団体山口組(名称は当時)が旗揚げされると、彼らはマスコミを集めて記者会見を行った。会見場に入る際に名刺が要求され、私のそれを受け取った幹部は、「あとで話がある」と耳打ちしてきた。

「だったら溝口敦を囲ったらいいんじゃないですか?」

「今うちの代表(※織田絆誠)が某所で会っています」

 私は2番手としてキープだされたわけだが、週刊誌記事は気に入らなかったらしく、のちクレームが入った。

溝口は任侠山口組の分列劇を世代間闘争と分析した。この先、暴力団がどう生き残って行ったらいいか、明確なビジョンと情熱を示したのは織田だけだった。が、彼らもまた十分に山口組らしかった。

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