暴力団報道のデッドライン

「途中、フォローしていなかった時間もあるが、私はほぼ五〇年間山口組をみてきた。いま、一応自分の気持ちに整理を付ける意味でこの本を書いたのだが、書き終えて、五〇年間山口組を相手に遊んでいたのではないかという気がする。たしかに一時期、組員に殺傷されるのではないかと恐れ、緊張する場面もあったが、過ぎてしまえば遠い日の悪夢でしかない」

 

溝口は後書きにこう書いているが、私には闘争にしか思えない。現在、山口組は何を書かれても溝口を無視するよう内々に通達したと聞いている。溝口は山口組と存分に戦い、特別席に座ったのだ。いまも昔も、溝口が書いたラインが、暴力団報道のデッドラインである。ヤクザジャーリズムなるものがあるとすれば、そこで喰う全員が溝口敦を楯にし続けてきた。もし溝口がいなければ、山口組報道は今よりずっと退屈だった。上っ面をなぞっただけで、極めて稚拙な分析しか出来なかったはずだ。

(文中敬称略)

関連記事