1993年、パリコレにモデルとして参加して以来、モデル活動に、執筆や講演活動にとフル回転。常に前向きかつフェアなメッセージと笑顔で、多くの人を元気づけているアン ミカさん。なぜアン ミカさんは、いつもポジティブに輝いているのでしょうか。アン ミカさんが今のアン ミカさんになった秘密を、「言葉」をキーワードにし、その言葉にまつわるエピソードをお聞きして紐解く本連載。読むだけで心がちょっとラクになる、ビタミンのようなメッセージを受け取ってください。

連載3回、4回、5回とアン ミカさんが亡きお母様から受け取った言葉である“4つの魔法”「姿勢を良くする」「口角を上げて笑顔になる」「相手の目を見て話す」についてお伝えしました。 連載第6回では、最後の4つめ、「人の話をちゃんと聞く」についてお聞きします。心に留めている31個の言葉をまとめた、『ポジティブ日めくりカレンダー 毎日アン ミカ』にもそんなお母様の魔法の言葉が含まれています。その言葉の背景とは。

アン ミカさん連載「アンミカを作った言葉」今までの連載はこちら
-AD-

「会話はキャッチボール。
一方的に投げるばかりではダメ」

おかしな話ですが、私は小学校に上がるまで両親の本名がどの名前なのかはっきりわかりませんでした。なぜなら普段はクリスチャンの洗礼名で呼び合うことが多かったからです。正しい名前を知ったのは、親が学校の提出物に名前を記入した時でした(笑)。ちなみに父の洗礼名はトマス、母はジェンマ、兄はグレゴリオ、姉はセシリア、私はモニカ、妹はローザ、弟はベルナルドといいます。

私たち兄弟姉妹5人は、全員が大のおしゃべり好き。皆「今日は学校でこんなことがあってね!」と競って話したがるので、それを一斉に聞かされる親は大変だったと思います。

しかも関西人なので、話にはオチが求められます(笑)。つまらない話をしようものなら、全員から「だからなんやねん!」と瞬時にツッコミが入る。吉本新喜劇を観て育っているだけに、面白い会話術はかなり磨かれましたね。

東京に出てきて何に驚いたかといったら、オチが求められない会話です。カフェで若い女の子が、「昨日、〇〇でパンケーキ食べたんだー」「えー、そうなんだー」といった、報告のようなやり取りを繰り返している。最初に耳にした時は「オチがなくていいんだ!」と本当に驚きました。大阪だったら、「だからなんやねん!」と突っ込まれますから(笑)。ですが、それで会話が気持ちよく成立している。ああ、こういう「互いに言いたいことを言い、聞く、という会話術も学ばなければ」と思いました。

母からはよく「人の話をちゃんと聞いてから自分の話をしなさい。会話はキャッチボールなのだから、一方的に投げるばかりではダメよ」と言われていました。話す方は分かりやすく「5W1H」を意識して。5Wとは「When,Who,Where,What,Why」いつ、誰が、どこで、何を、なぜ、そして、「How」どうしたか、を伝わるように気遣いながら話すこと。聞く方は(相槌、共感、質問)をして、会話を盛り上げる。しかも母は、人をやる気にさせるのがすごく上手。兄弟姉妹揃ってのおしゃべりの最中に「〇〇ちゃん、今のはいい質問だった」と、褒めるべきところでちゃんと褒めてくれるのです。

撮影/大坪尚人

きょうだい一人一人の個性を見極めて

なかでも“回し”が上手かったのが、明るくて聞き役が上手い妹。全員に的確にツッコミながら、場を盛り上げていくのです。そして兄はめちゃくちゃ話が面白くて、姉は比較的おとなしいけど訥々とわかりやすく話す人。私は少々早口ですが、よく「滑舌がいい」と褒められました。弟は一番年下だったので、会話というよりも可愛くて仕方がなくて、みんなが聞いてあげていましたね!

両親は、子どもたち一人一人の個性を見極めて、それを伸ばすのも上手でした。たとえば「お兄ちゃんはよくしゃべるし、親にも理詰めではっきり自分の意見を言ってくる。正義感も強いから法律を学べばいいんじゃない?」と。その結果、兄は行政書士になりました。

姉には、「リズム感がいいから楽器をやってみたら?」とすすめたり。実際に姉は、中学に進んでから吹奏楽に打ち込むようになりました。そして口の傷のせいで人一倍コンプレックスが強かった私のことも、「手足が長いからモデルさんになれるかもね!」と励ましてくれました。

でも、本当にモデルに向いていたのは姉のほう。美人で、スタイルが良くて、運動もできて。あまりに格好いいので、つい彼女の真似をしたり、勝手に服を持ち出して着たりしては姉に怒られたものです。年齢も1歳しか違わないのでよくケンカをしましたが、今はどのケースも100%私が悪かったと反省しています。

母亡きあとは、姉が母の代わりに

母が亡くなった後は、姉が私たちの母親代わりになってくれました。青春期の好奇心旺盛な時期に、家族のために尽くしてくれた姉のことを、心の底から尊敬し、感謝しています。

その後、芸能界のオーディション雑誌『デビュー』を買って見ていた姉の影響で、私もモデルのオーディションを受けるようになりました。また、通販の仕事を先にしていたのも姉。なので私が通販番組に出始めた頃は、「こうするといいよ」と、あれこれアドバイスをしてくれました。

料理の腕はプロ級で、タイ語と英語が話せる彼女は本当にすごい人です。とにかく頼りになるので、何かあったときには真っ先に相談しています。

大げさではなく、我が家は兄弟姉妹仲がめちゃくちゃいいのが自慢。普通5人もいたら、1人くらい相性が悪いメンバーがいると思うんですけどね。もはや兄弟姉妹を通り越して、全員が親友みたい。毎年、正月は兄弟姉妹も夫との旅行に参加してくれますし、以前、弟と2人で3泊4日の韓国済州島旅行に行った時は、もう楽しくて楽しくて。ずっと帰らずにいたいくらいでした。事あるごとに「私にこの兄弟姉妹がいて良かった。お父さん、お母さん、ありがとう!」と、両親に感謝しています。

衣装協力/ADORE  abiste 
スタイリング/加藤万紀子  ヘアメイク/ K.Furumoto【&’s management】
構成・文/上田恵子