かくも楽しきドラマ「時代考証」のウラ側

考証家の特別座談会
大石 学, 門松 秀樹, 山田 順子

『青天を衝け』の5月中旬の放送で、一橋慶喜(草なぎ剛)が、亡き父・徳川斉昭(竹中直人)の口癖だった「快なり!」と言い放つ場面。

資料の「快哉」から脚本家の大森(美香)さんが考えた言葉だと思うのですが、考証会議では、日本語として違和感があるので「痛快なり!」ぐらいにしては? という意見も出たんです。

ですが放送されるとツイッターで「#快なり」が飛び交った。一般的な言葉でないからこそ父の斉昭から息子の慶喜へと伝わるという感じが出ていて、なるほどなぁと感心しました。

「尊攘の間」の正体

大石 徳川斉昭については悩ましいことがありまして。水戸には斉昭が作った藩校・弘道館が現存していて、それを世界遺産にする運動に私も関わっています。

その弘道館正庁の正面奥に「尊攘」と書いた立派な軸があるんです。斉昭が藩医の松延年に命じて書かせたもので、とても迫力があります。ところが昭和期のこの部屋の写真を見ると、その軸が写っていない。

photo by iStock

事情を調べてみたら、なんと大河『徳川慶喜』('98年)の収録時、スタッフが館のどこかで見つけて「これはいい」と部屋に飾り、それが放送されたようなのです。

テレビ放送されて広く知られ、座りもいいし……とそのままにしているうちに、動かすに動かせなくなり、今では「尊攘の間」とまで呼ばれるようになってしまった。

門松 なんと!

大石 そうしたら、のちに『西郷どん』('18年)で、上野寛永寺で謹慎中の慶喜が、この「尊攘」の縮小版を壁に掛けて日々見るシーンが出てきたんです。

斉昭と弘道館に思いを寄せる、ということなのですが、大河が作ったことを別の大河が踏まえてさらに展開してしまい、微妙な気持ちでした(笑)。

 

山田 ドラマって人気になると町興しになりますから一概に否定するのもね。『この世界の片隅に』('18年・TBS)の舞台・呉も大変に盛り上がりました。

私、あのドラマは最初考証を断ろうと思ったんです。

戦時中の話って、まだ生きている方もたくさんいるでしょう? ですが、私は広島生まれの広島育ち。被爆二世なんです。

関連記事

おすすめの記事