どうせならコロナ禍を機に過去の「自分」と「習慣」にサヨナラしよう

2024年「ポストパンデミック期」が始まる
ニコラス・クリスタキス プロフィール

握手は時代遅れの習慣

手洗いに特別に関心を抱くのは、主に欧米の社会的習慣である握手が、病気の蔓延に一役買ってしまうからだ。パンデミックによるライフスタイルの変化のなかには、多くのアメリカ人にとって取り入れることが難しいものもあったが、人の手に自分の手を伸ばすという長年の習慣は、パンデミックの初期に、人との間に約2メートルの距離をとるようになる前から、一夜にして消えてしまった。

当局は握手をしないことの重要性を直ちに認めた。ファウチは、パンデミック後のアメリカは「強迫的な手洗い」と「握手の終わり」を伴うことになるだろうと断言した。メイヨー・クリニック・ワクチン研究グループのディレクターであるグレゴリー・ポーランド医師は、握手を「時代遅れの習慣」と呼び、「多くの文化では、互いに触れなくても挨拶ができることを学んできた」と指摘した。

ありがたいことに、握手を多用する文化は、比較的簡単に捨てることができた。それというのも、人間は知的な種であり、新たな進化的圧力――つまりこの場合は感染症流行時の生存――がそれを必要とするならば、素早く学習できるからだ。パンデミックの影響で、世界中の人々が親密な挨拶――握手、キス、ハグ、マオリ族のホンギ(鼻を押し当てる伝統的な挨拶)など――を避けざるをえなくなったが、世界には、非接触型の挨拶を長年実践してきた文化も多い。

日本の挨拶としてのお辞儀は、7世紀に中国を経由して伝わった。お辞儀は当初貴族の習慣だったが、12世紀に武士の間に広まり、その500年後の江戸時代になってから庶民の間に広まった。アメリカでは、植民地時代にピューリタンのコミュニティで行われていたので、アメリカでもお辞儀が広まる機会はあった。一般には従順を示す姿勢として、下位の者が上位の者に対し、男性が女性に対してお辞儀をした。しかし、独立戦争の時代に、お辞儀を非民主的と見なす人が現れ、握手の人気が高まった。同様に、17世紀から18世紀にかけて、階層的な挨拶と置き換えようとしたクエーカー教徒によって握手は普及した。

 

プライバシーが見えすぎる社会

パンデミック発生に伴う皮肉な現象は、人々のプライバシーの過多と過小だった。自宅で家族と一緒に過ごしているためにいくつかの点では親密さが増したが、別の点では親密さが減った。それは、挨拶のときに体の接触を避けたからというだけではなかった。たとえば、マスクの着用は匿名性を高めることになる。また、多くのアメリカ人が、愛する人から遠く離れて、見知らぬ人たちの間で死を迎えるようになった。このようなプライバシーの変化は、過去の疫病の生存者にはよく知られていることだが、新型コロナウイルスのパンデミックは、21世紀のテクノロジーの発展と絡み合うプライバシーの規範について、根本的な懸念を浮き彫りにした。

大規模な監視技術はすでに高度に発展し、どこにでも存在するようになっていたが、2020年の春には、100万人以上の学生を試験中に監視するという新たな展開が見られた。3月初旬、何百万人もの大学生が突然帰宅を命じられ、大学側は迅速にオンライン学習へ切り替えた。

シアトルのワシントン大学では、3月6日金曜日の午後に、次の月曜までにすべての授業(4万人以上の学生)をオンラインに移行すると学生たちに伝えた。自宅に戻りオンライン授業で学業を続けていた全米の学生は、民間の試験監督会社の従業員に遠隔で監視されながら、試験を受けなければならなかった。その見ず知らずの従業員は、学生の一挙手一投足を観察し、彼らの顔を監視し、彼らの家での会話を聞き、不適切なことが何もないことを確認するために、学生にカメラの向きを変えるように要求した。一方で、学生たちはその試験監督官の顔を見ることはできなかった。

そのため、試験中に気まずい状況に陥ることもあった。一例を挙げると、フロリダ大学2年生のシャイアン・キーティングは、ベッドルームで試験を受けているときに吐き気を催したが、トイレ休憩は認められていなかった。彼女はパソコンのカメラを覗き込んで、自分の机で吐いてもいいかと試験監督官に尋ねた。監督官の許可を得ると、彼女は近くにあった籐の籠に吐いてから、手の届くところにある毛布を使ってできる限り後始末をした。

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