新書の役割――「ナチスは良いこともした」と主張したがる人たち

DIG 現代新書クラシックス(7)
田野 大輔 プロフィール

歪んだイメージの氾濫

こうした危惧すべき状況は、「売らんかな」で出版される一般書のセンセーショナリズムによっても助長されている。

その種の書籍では、「ヒトラーのすぐれた経済政策を見習うべきだ」とか、「ナチスはこんなすごい発明もしていた」といった人目を引く主張が行われているが、ナチスの戦争目的や人種主義、噓や不正と切り離した「先進性」の評価はあまりに一面的で、とうてい学術的検証にたえるものではない。

このような著しく歪んだイメージは、ナチズムがもつ社会的な意味合いの大きさを考えれば、民主主義社会の基盤をむしばむ深刻な問題だと言わざるをえないだろう。

ナチスの免罪につながる不正確な情報の氾濫をくい止めるためには、専門知識をもつ研究者によるチェックが欠かせない。だが研究者の仕事は基本的には論文を書くことなので、いつまでも一般書の質保証に関わっているわけにはいかない。

また、「ポリコレ勢力」の一員と見なされることの多い専門家がいくら間違いを指摘したところで、これを敵視する人たちを納得させることは難しく、かえって反発を強めてしまうこともある。

筆者自身、ある一般書の誤りを指摘した際に「粗探しだ」といった非難を受けたことがあるが、専門家と非専門家はどうしても教える・教えられる関係になるので、間違いの指摘が「マウント行為」と受け取られるのは避けがたいところがある。専門知識が軽視される昨今の状況においては、専門家による啓蒙活動にはやはり限界がある。

 

専門家は何をすべきか

だがそれでもこの状況を放置すべきでないとすれば、専門家は一部の反発を覚悟しつつも、粘り強く専門知識を伝える努力を続ける必要がある。

「反ポリコレ」の欲求に呑み込まれた者を説得するのは無理だとしても、しっかりとした知識をもつ第三者の数を増やしていけば、それは歴史修正主義的な風潮に対する社会の免疫を強化することにつながるだろう。

こうした取り組みに役立つのが、最新の研究成果をふまえつつ、それを広く一般に紹介するような入門書である。とくにその道の専門家が一般読者向けに書いた新書は、多くの人に正確な知識を伝える媒体として最適である。

前置きが長くなったが、ナチズム研究の分野におけるそうした信頼に足る入門書の一つが、石田勇治『ヒトラーとナチ・ドイツ』(講談社現代新書、2015年)である。実は先日の「炎上」事件の際、批判的な返信を寄せてきた人たちに対して、筆者がまず読むよう勧めたのもこの本である。

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