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新書の役割――「ナチスは良いこともした」と主張したがる人たち

DIG 現代新書クラシックス(7)
DIG 現代新書クラシックス(7)群像×現代新書のコラボ企画「DIG 現代新書クラシックス」の第7弾(『群像』7月号掲載)は、甲南大学教授の田野大輔氏による、石田勇治『ヒトラーとナチ・ドイツ』(2015年刊)の紹介です。
「ナチスは良いこともした」と主張したがる人たちの心理とは? 不正確で一面的な情報に惑わされないために、入門書が果たす役割を示します。
 

ナチスは良いこともした?

ナチスが「絶対悪」であり、未曾有の災禍の元凶であることは、今日では常識となっている。だがインターネット上ではむしろ、「ナチスは良いこともした」と声高に主張したがる人が増えている。

アメリカのトランプ現象やヨーロッパの排外主義運動といった近年の国際情勢を反映してか、わが国でもナチズムへの社会的関心は高まっているが、一般に出回っている情報には著しく不正確なもの、とうに否定された俗説も少なくない。

実は先日、筆者にそのことを痛感させるような出来事があった。発端は小論文を教えるある予備校講師のツイートで、指導する女子高生が「完璧な文体でナチスの政策を肯定した小論文」を書いて提出し、その論理的な文章の添削に困ったという内容だった。

これを受けて、筆者が「30年くらいナチスを研究してるけどナチスの政策で肯定できるとこないっすよ」とツイートしたところ、これに膨大な数の批判が寄せられて「炎上」状態になったのである。

筆者のツイート

数百に及ぶ返信のなかで非常に多かったのは、ナチスの「良い政策」として失業対策の成功、アウトバーンの建設、フォルクスワーゲンの開発、歓喜力行団の旅行事業などの「反例」を挙げた意見で、「30年も研究していてそんなことも知らないのか」と言わんばかりの嘲笑的なコメントも多数あった。

もちろん、ナチズム研究者である筆者がそれらの政策のことを知らないはずはなく、上記のツイートは、それでもやはり肯定できるところはないという専門家としての評価を示したものである。

実際、ナチスの個々の政策を詳細に検討していくと、一見先進的に見える政策も様々なまやかしや不正、搾取や略奪と結びついていたことは明白であり、後段で説明するように、近年の研究ではそこに「ならず者国家」の犯罪的な本質を認める見方が定説化している。

筆者に「反例」を提示しようとした幾多の人たちは、どこかで聞きかじった生半可な知識をもとにナチスの政策を「肯定」しているにすぎないように見える。信頼に値する研究者のなかで、そのような主張をする者はいない。

戦争とホロコーストを引き起こしたナチスの悪行はよく知られているはずなのに、なぜこのような主張をしたがる人が多いのだろうか。筆者の見るところ、彼らはむしろナチスの悪行をくり返し教えられてきたがゆえにこそ、それを否認しようとする欲求に突き動かされている。

多くの人々はヒトラーを「悪の権化」と決め付ける「教科書的」な見方に不満を抱き、「ナチスは良いこともした」といった「斬新」な主張に魅力を感じている。

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