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従来の科学では決められない「基準値」と「受け入れられないリスク」の関係

『基準値のからくり』2

賞味期限、放射線量、電車内での携帯電話……私たちはさまざまな基準値に囲まれて、超えた/超えないと一喜一憂して暮らしています。しかし、それらの数字の根拠を探ってみると、じつに不思議な決まり方をしているものが多いようです。

そんな不思議な基準値の実情を、「基準値オタク」を自称する俊英研究者4人による書籍『基準値のからくり――安全はこうして数字になった』から抜粋して、全6回の短期連載でお届けします。

基準値には、食品、環境、事故など分野は違えども、共通に見られる四つの特徴があります。連載第1回で紹介した飲酒禁止における「20歳」という基準値を例にとり、それらを見てみましょう。

(この記事は2014年6月に刊行された『基準値のからくり』の一部を抜粋したものです)

基準値の特徴1:従来型の科学だけでは決められない

読者のみなさんは、基準値とはきわめて科学的な方法で客観的に定められたもの、と思われているかもしれない。飲酒できる年齢(成年)を20歳と定めたこの例は、そうではない特殊なケースなのだろうとも思われたかもしれない。

たしかに基準値には、疫学データや動物実験、あるいは工学的実験などの科学的な知見や手法にもとづいて定められたものがたくさんある。しかし、そうした基準値にも、じつは主観的な推定と仮定の要素がきわめて大きく関与している。いわゆる従来型の科学だけでは、基準値を決めることはできないのだ。

これは、基準値が必ずしもゼロリスクを保証するものではなく、ある程度の大きさのリスクを受け入れている場合が多いためである。むしろ、万人にとってリスクがゼロであることを約束するような基準値はほとんどないといっていい。基準値を決めるには、どの程度の大きさのリスクを受け入れるかを定めなければいけないのである。

このような予測・評価・判断をともなう科学を、従来型の科学とは区別して「レギュラトリーサイエンス」と呼ぶ。「レギュラトリー」は日本語では「規制」といった意味にとられがちだが、ここには「調整」というニュアンスも含む。レギュラトリーサイエンスは従来型の科学で得られたデータや知見と、政治や行政による規制・調整・政策判断などとの間にある大きなギャップを埋める「橋渡し」の役割をする科学といえよう。

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基準値の特徴2:数字を使いまわしてしまう

「成年は20歳」と定めたときに欧米諸国の成年年齢を参考にしたように、関連する基準値や、他国の基準値をベースにして基準値を定める場合は多い。その際、もとの基準値がどのように算定されたかを十分に考慮せず、なんとなく数字を使いまわしてしまうということがよくある。

米国の疫学者であり衛生工学者のウィリアム・セジウィック氏(1855〜1921)の言葉に、このようなものがある。

「基準というものは、考えるという行為を遠ざけさせてしまう格好の道具である」

基準値はいったん定められると、あたかもある種の「権威」のようになり、その根拠を深く考えることなく使ってしまいがちである、という戒めである。ある基準値を使いまわして決められた基準値は、ときに十分な安全を確保しているとはいいがたかったり、まったく理屈に合っていなかったりする。当初の目的とはかけ離れた、ちぐはぐなものになってしまうのである。

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