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少子化が止まらない中国の焦り、早くも「3人目出産容認政策」実施へ

「1人」廃止「2人容認」も効果なし

毛沢東が煽ったおかげで

2021年5月31日に習近平の召集により開催された中国共産党政治局会議は「三孩生育政策(1組の夫婦に3人目の子供の出産を容認する政策)」の実施を宣言した。これは中国共産党が専制支配する中華人民共和国(以下「中国」)にとって「歴史的かつ画期的」なトピックスであった。この政策を便宜的に「3人目出産容認政策」と呼ぶことにする。

さて、中国は1949年10月1日に成立したが、同年末時点における人口は5.4億人であった。当時、中国の最高指導者であった毛沢東(中国共産党中央委員会主席)は「人口が多い事は良い事だ。さらに数倍の人口が増えたとしても対処する方法はある」と主張し、出産を奨励して、「絶育(避妊手術)」や「流産(堕胎)」を厳しく取り締まったから、1950~53年の出生率は37‰(パーミル)となり、ベビーブームが到来した。

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1953年6月30日24時を基準として行われた「第1次全国人口普査(第1回国勢調査)」の結果として示された全国総人口は6.02億人だった。

中国成立からわずか4年で人口は6200万人も増えた。それから11年後の1964年6月30日24時を基準として実施された「第2次全国人口普査(第2回国勢調査)」の結果は全国総人口が7.23億人だった。中国の総人口は1953年からわずか11年で1.21億人増加したのだった。

それから6年後の1970年には総人口が8.14億人となり、8億人を突破した。

こうした状況を見て、毛沢東も1970年代初頭には態度を変化させた。そこで、中国は計画出産へと舵を切り、1973年には「晩、稀、少」政策を提起して、晩(男は25歳以上、女は22歳以上で結婚し、女は24歳以上で出産)、稀(出産は3年以上の間隔を空ける)、少(夫婦1組に子供は2人まで)を呼び掛けた。

 

しかし、こうした努力にもかかわらず、毛沢東が逝去した1976年には中国の総人口は9.3億人に達していたことから、総人口が10億人に達する前に人口増に歯止めをかけるべく、中国全土を対象として1978年末に提起されたのが「一対夫婦只生育一個孩子(1組の夫婦が出産可能な子供は1人)」とする「独生子女政策(1人っ子政策)」であった。

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