睡眠中にアミロイドβが掃除される? 脳の中を流れる「水」の意外な役割

認知症と睡眠、脳脊髄液の最新科学
毛内 拡 プロフィール

脳内の水が老廃物を流す

2012年、アメリカのロチェスター大学の研究グループが、脳脊髄液を標識することでその流れを可視化し、脳脊髄液が、脳表から脳の中へと続く太い血管の周囲に存在する空間に沿って脳組織の中に入っていくこと、それが間質液として染み込んでいくことを明らかにしました。

血管の周囲に存在するスペースは、血管周囲腔と呼ばれています。さらに、老廃物を含む間質液は、血管周囲腔を通って脳脊髄液に戻されるため、リンパ管がなくとも老廃物を排出することが可能であるということを明らかにしました。

【図】脳脊髄液の流れ脳脊髄液が脳の老廃物を洗い流すしくみ。脳脊髄液は、血管周囲腔から大脳動脈に沿って脳に流入し、間質液となる。 そして間質液は、静脈側の血管周囲腔へ吸収され、脳脊髄液に戻される。 この過程で、間質液は老廃物を運搬し、血液を伝って老廃物を排泄するし くみがあると考えられる〈Iliff et al., Science Translational Medicine(2012) を参考に作製〉

つまり、脳脊髄液の流れは、単に脳のダメージを吸収するためだけでなく、脳の老廃物を排泄するいわば脳のリンパ排泄のような役割を担っていると言うアイディアです。実際、脳に注射したアミロイドβが、脳脊髄液の流れに依存して排出されることが示されました。

 

脳の中の水の通り道

この脳内の液体の流れには、アクアポリン4と呼ばれる、脳の中で水の通り道を作っているタンパク質が重要な役割を果たしていることもわかりました。

【図】アポクリン4は水の通り道アクアポリン4:脳の中の「水の通り道」 アストロサイトの足突起に集中して存在するアクアポリン4は、脳脊髄液を 動脈側の血管周囲腔から脳実質に送り込んだり、静脈側の血管周囲腔へ間 質液を送り出したりするはたらきに関与していると考えられる

アクアポリンは、1992年、アメリカの科学者ピーター・アグレによって発見されたタンパク質で、主に腎臓などで水の出入りに関与していることが知られています(その功績でアグレは2003年ノーベル化学賞受賞)。現在では、たくさんの種類があることがわかっており、その中でもアクアポリン4は、主に脳に存在していることが知られています。

遺伝子改変技術を用いて、生まれつきアクアポリン4を欠損したマウスを作ることができます。この欠損マウスでは、標識した脳脊髄液が脳組織の中に染み込む度合いが悪いことや、注射したアミロイドβの排泄がうまくいかないことなども示されました。

グリンファティック・システム

脳の中で、アクアポリン4を持っている細胞は、グリア細胞の一種、アストロサイトと呼ばれる脳細胞です。アストロサイトは、脳の中で多様な働きをしていることはすでにご紹介しましたが(「科学的に「頭を良くする方法」はあるのか? 鍵はアストロサイトの活性化にある!」を参照)、ここでも重要な役割を果たしていたとは、じつに働き者ですね。

【図】ニューロン(神経細胞)とグリア細胞ニューロン(神経細胞)とグリア細胞 ニューロンは長い軸索を持ち、他のニューロンとシナプスを形成してつなが ることで、電気信号を伝えている。脳内にはニューロン以外のグリア細胞と いう脳細胞もあり、それぞれ重要な役割を担っていると注目されている

ロチェスター大学の研究グループは、グリア細胞が担っているリンパ系ということから、この脳脊髄液と間質液の交換による老廃物の排出の仕組みを「グリンファティック・システム」と名付けました。

眠っている間に、脳が掃除されている?

さらに同グループは、2013年、このグリンファティック・システムが睡眠によって促進することを明らかにしました。マウスを用いた実験の結果、覚醒状態にあるマウスでは、標識した脳脊髄液が、脳組織内に浸透する割合は低かったのに対して、睡眠をとっているマウスや、麻酔によって強制的に眠らせたマウスでは、脳脊髄液の流れが促進することが明らかとなりました。

脳の中で、睡眠と覚醒に関与している物質の一つにノルアドレナリンが挙げられますが、研究グループは、このノルアドレナリンを受け取れなくする阻害薬を脳に直接作用させると、例え起きていたとしても、脳脊髄液の流れが良くなるということも示しました。

脳の中の老廃物は、睡眠中に洗い流されていることが示唆された脳の中の老廃物は、睡眠中に洗い流されていることが示唆された photo by gettyimgaes

以上のことから、私たちの脳では、睡眠中に脳の中の老廃物を洗い流しているということが示唆されました。生物にとって睡眠時間は、体を休める以上に、よほど重要な意義があると考えられてきました。なぜなら睡眠は、生物にとって最も無防備になる瞬間の1つだからです。その理由のひとつが、脳の中のゴミ洗浄にあるかもしれないということは、大変画期的であり、納得のアイディアと言えるでしょう。

しかし、賛否両論も

注意が必要なのは、このアイディアは、現段階ではあくまで仮説にすぎず、まだ評価が定まっていない点にあります。多くの魅力的なアイディアがそうであったように、これから多くの批判にさらされて洗練させていく必要があります。一方、近年では、ヒトでも睡眠中に脳脊髄液の流れが変化することが示されつつあるなど、脳科学の中でももっともホットな話題の1つでもあります。

これまで脳と言うと、ニューロンやシナプスなど、脳の電気回路としての特性に注目が集まっており、コンピュータに類比されることが多くありました。しかし、脳脊髄液のようなニューロン以外の要素が脳の中で重要な役割を果たしていることからも、脳とコンピュータは本質的に異なると言えるでしょう。少なくともコンピュータの中には、水は存在しませんよね。

電気回路的な役割のニューロン以外にも、様々な要素が重要な役割を果たしている電気回路的な役割のニューロン以外にも、様々な要素が重要な役割を果たしている

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