2021.06.24
# 宇宙探査機

日系人初の宇宙飛行士エリソン・オニヅカをご存じですか?

サイエンス365days

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

きっかけはアポロ11号

1964年の今日(6月24日)、日系人として初めて宇宙飛行士になった人物であるエリソン・オニヅカ(Ellison Shoji Onizuka, 1946-1984)がハワイで誕生しました。 

 

それぞれ福岡と広島にルーツを持つ日系二世の父母の次男として生まれたオニヅカは若い頃から活発で、ボーイスカウトなど青少年向けの野外活動などを多く行っていました。

彼は地元のコナワエナ高校を卒業すると同時にハワイを飛び出してコロラド大学へ進学し、そこで宇宙工学について学びました。

コロラド大学で学位を取った後すぐ、彼はアメリカ空軍の予備将校試験を受け合格し、空軍に配属となります。

ちなみに、同時期にオニヅカは同じく日系人であるLorna Leiko Yoshidaと結婚していますが、結婚の日取りは大学卒業の翌日だったそうです。

NASAの施設で飛行機と共に写るエリソン・オニヅカ photo by Getty Images

彼が大学を卒業した1969年は奇しくもアポロ11号が月に到着した年でした。世間は初めての月面着陸に沸き返りましたが、オニヅカもそんな偉業の影響を大きく受けました。

それからしばらく、オニヅカはアメリカ空軍でテストパイロットやエンジニアをしながら日々を過ごしていましたが、1978年のNASAによる宇宙飛行士の募集に応募し、超高倍率のなか、最後の35人に選ばれることとなります。

数度の打ち上げ延期を経た1985年、エリソン・オニヅカはディスカバリー号に乗って念願の宇宙へ飛び立ち、日系人初の宇宙飛行士となりました。

宇宙空間で72時間ほどのフライトを行ったオニヅカの業績に、彼がルーツを持つ日本とハワイは大きく沸きました。

しかし、悲劇というのは予測できないもので、フライトの翌年の1986年1月に彼は再び乗り込んだチャレンジャー号の爆発事故に巻き込まれてその命を落としてしまいます。

奇跡的に機体の残骸からはオニヅカが持ち込んだサッカーボールが見つかり、彼の遺品として娘が在籍していた学校のサッカーチームに寄付されることとなりました。

現在、ハワイ島にはオニヅカの名前が残る「エリソン・オニヅカ・コナ国際空港」があるほか、彼の父方のルーツがある福岡県うきは市には「エリソン・オニヅカ橋」がかかっています。

エリソン・オニヅカ・コナ国際空港 photo by Getty Images

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