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時計の針はなぜ右回りなのか? 文字盤が0ではなく12から始まる理由とは?

誰かに話したくなる『時計の科学』5

人類はどのように「時間」を発見し、そして「時計」を作ってきたのか? 時の研究家・織田一朗さんに人類と時計の歴史を5回の連載で解説していただきます。

この連載では「日時計」「水時計」「砂時計」「花時計」「機械式時計」……と、時計の歴史を追ってきましたが、最終回となる今回は、時計にまつわる素朴な疑問を考えてみます。

(本稿は『時計の科学』の内容を再編集したものです)

時計の針はなぜ右回りなのか

時計の針はどちらの方向へ回るでしょうか。もちろん右に回ります。右回りを「時計回り」、左回りを「反時計回り」などと言う言葉さえあるくらいです。しかも、スイスでつくられた時計も、日本でつくられた時計もすべて右に回るので、海外で製造された時計をその日から日本で使用できますし、日本製の時計を世界のどこへ持っていっても全く支障なく使えます。

しかし、世界では様式が統一されていないことが多いはずです。むしろ、統一されていることは少ない、と言った方が正しいのかもしれません。道路も右側通行と左側通行、電圧も100ボルトと200ボルトなどに分かれています。したがって、車も右ハンドルと左ハンドルがあり、家電製品に使うコンセントは世界共通ではありません。言語も何千にも分かれ、度量衡にもさまざまな単位が使われていて戸惑いますが、時計だけは万国共通です。

ところが興味深いことに、文字盤も運針の向きも、工業規格などで決められているわけではなく、単に世界の時計メーカーが慣習を受け継いでいるだけなのです。

“時計回り”はなぜ万国共通なのか? Illustration by gettyimages

ではなぜ、時計の針は右回りに統一されたのでしょうか。ちなみに小中学校の運動会へ行ってみると分かるのですが、徒競走のコースはほとんどが左回り(「反時計回り」)に設定されています。これは心臓の位置から導き出された結果で、右回りで走ると遠心力で身体が飛ばされそうな感じがして人間は走りにくいからだそうです。左回りを選択する根拠が窺えます。

時計の針が右回りに落ち着いたのは、時計の歴史から導き出された結論です。

人類が初めてつくった時計は、連載の第一回《人類が初めて作った「時計」とは?》で記述したように、太陽の影の位置で時刻を知る日時計でした。最初の日時計は紀元前4000〜紀元前3000年にエジプトで製作されたのですが、エジプトでは日時計の針(影)は右に回ります。その後、欧州で1300年頃に、機械式時計が発明されたとき、時計職人は人々に愛用されていた「日時計の右回り」を受け継ぎました。

これで疑問は解決したのでしょうか。実は半分しか解決していません。なぜならば、日時計を北半球でつくると影は右に回るのですが、南半球でつくると影は左に回ります。

つまり、エジプトや日本で日時計をつくると影は右回りになるが、南半球のオーストラリアやアルゼンチンでは左回りになります。地球の表面積は北と南で半々なのですから、針が右に回るか左に回るのかは半々の可能性です。では、北半球と南半球の人々がどこかで協議でもしたのでしょうか。いえ、そのような形跡もありません。

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