世界初の機械式時計はいつ作られたのか?…人類と時計の歴史

誰かに話したくなる『時計の科学』3
織田 一朗 プロフィール

世界初の機械式時計

ここまでの連載で見てきたように、自然界に存在するリズムを応用した時計には一長一短があり、人類が「必要な時に、いつでも時が分かる」使いやすい時計を、自らの技術でつくろうと考えたのは、当然なことでした。

しかし、これは大変に難しい課題でした。見えないものを「見える化」するだけでも難題ですが、工業が未成熟な時代に、宇宙の動きや自然の摂理に基づく真理を解明し、人類が決めたルールによる時刻体系を表示するのですから、一筋縄では行きません。

それぞれの時代を代表する科学者や職人たちが、英知と技能を注ぎ込んでも、簡単に解決できないものでした。そこに技術と時計史の重みが感じられます。数百年の間になされた、多くの発明によって、時計は正確に時間を刻むようになり、使いやすい時計が出来上がったのです。

まずは、人類がつくった世界最初の機械式時計を確認したいところですが、現物が残っていないので、それは叶いません。また、「機械式」をどのように定義するのかでも、歴史は変わります。

最初に時計産業が隆盛を極めた欧州では、1272年にカスティーリャ王国で編纂された『天文学の知識の書』が見つかっていますが、この書にある時計は水銀を応用したものなので、当時は機械式時計が存在していなかった証拠とされています。また、1200年代末期から1300年代の前半にはいくつかの塔時計が製作された記録がありますが、機械部分の記述が不詳なので、機械式時計か否かの判定ができません。

明確な記録としては、1309年にミラノの教会に鉄製の時計が取り付けられていたことが記され、1317〜1320年に書かれたダンテの『神曲』の「天国編」ではこの時計のアラーム機構について触れています。また、英国のセント・アルバンズ修道院の院長だったリチャード・ウォーリングフォードは1330年に時計が修道院に取り付けられた時の手記の中で歯車や時打ちの機構を説明していますが、これらの時計はいずれも現物が残っていません。

現物が現存する欧州で最も古い時代の機械式時計は、1370年にフランスのシャルルV世がドイツから招いた時計職人のアンリ・ド・ヴィックにつくらせた宮廷の塔時計と、1386年に英国のソールズベリー寺院に設置された塔時計です。フランスの塔時計は、約200キログラムの錘(おもり)で歯車にエネルギーを供給し、別の約700キログラムの錘で時打ちの鐘を鳴らしていました。この時計は、建物ごとそのままパリのシテ島(高等法院)に残っていますが、機械体には後世に改造された跡があります。

シテ島で保存されているアンリ・ド・ヴィックによる塔時計(2011年に修復が行われた) Photo by gettyimages
 

ところが、近年になって、時計学者の間では、人類最古の機械式時計は中国の時計だというのが、常識になっています。連載第一回《人類が初めて作った「時計」とは?》で紹介した、北宋の元祐年間(1086〜1089年)に、首都の開封に建設された水運儀象台です。エネルギー源となる水で「枢輪」と呼ばれる水車が回されるのですが、上部の「脱進機構」により、回転は24秒に10度ずつに制御され、1日に正確に100回転します。さらに、つながっている「昼夜機輪」の円盤を、歯車で1日に1周の動きに減速させるのです。つまり、「脱進機構」が備わった、機械式時計と考えられます。

現在は、時計史の分野で、中国の存在感がまだ薄いのですが、将来、研究が活発化すれば、新たな発見も出てくるでしょうし、自国の功績を積極的にアピールすることでしょう。

いずれにせよ、機械式時計の発明で、人類は「時」を神から取り戻し、科学に位置づけました。「時」は信仰の対象ではなく、生活の基礎を形成する度量衡の1つになったのです。同時に、時刻制度も太陽の動きをもとに、昼と夜の時間をそれぞれ等分する「不定時法」から、季節を問わず1日を24等分する「定時法」へと変化したのです。これは、人類の産業を農林水産の第一次産業から工業を主体とする第二次産業へと高度化させる上でも重要な決断でもありました。

一方、「人間の世界は、時間と空間で構成されている」と言われるように、「時」の存在感は大きく、生活・社会、産業・経済、文化・芸術などあらゆる分野に関係し、物事すべてのことを実現させる「資源」でもあります。

(次回《1日はなぜ24時間で、時計は1周12時間なのか?》は6月23日公開予定です)

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