2021.06.17
# 精密機器

人類が初めて作った「時計」とは? 人と時計の5000年の歴史

誰かに話したくなる『時計の科学』1
織田 一朗 プロフィール

世界初の機械式時計? 水運儀象台

その後、水時計は世界中に広まっていきますが、中国では「漏刻(ろうこく)」と呼ばれる時計が発明されました。水が水槽や桶に注入されたり、流れ出たりすることによって、水面に浮かせた矢羽や人形が時刻目盛りを表示する仕組みです。3000年前の周代には既に使われていた形跡がありますが、後漢時代(25〜220年)に、貯水量の減少に伴う誤差を補正するため水槽を2段に、618〜907年の唐代には水槽を4段にするなどの改良が加えられ、精度の点でも大幅な向上が見られました。

日本最古の「漏刻」

なかでも注目されるのは、北宋時代の元祐年間(1086〜1089年)に、首都の開封(現河南省)に建設された水運儀象台(すいうんぎしょうだい)で、建物の高さは、天文観測施設を含めると12メートルにもなりました。儀象台では、天文観測施設の渾天儀(こんてんぎ、星を観測する当時の天体望遠鏡)で正確な太陽の南中時を観測し、それをもとに時計をコントロールします。

時計部の仕組みは、まず水を汲み上げ「平水壺(へいすいこ)」に流し込みます。2段になった「平水壺」は、水時計の原理が働き、下の段の壺から水を「枢輪(すうりん)」と呼ばれる水車に流します。

「枢輪」は一定量の水流と上部の「脱進機構(水流から得られるエネルギーを時計に必要な振動数に調整する機構)」により、24秒に10度ずつ回り、1日に正確に100回転します。つながっている「昼夜機輪(ちゅうやきりん)」の円盤を歯車で減速し、1日に1周させます。「昼夜機輪」は5層の「木閣」で構成され、5層の周りに162体の人形が配置されていて、人形の持つ牌が正面に切り込まれた隙間に現れて時刻を表示するとともに、時刻に合わせて、鐘、鼓、鈴、金鉦(銅鐸)などを鳴らして時を知らせます。

重要なのは、「脱進機構」を備えていることです。脱進機構は動力源のエネルギーを時計が表示する時間へと変換する役割を果たすもので、これこそが機械式時計の要とされています。つまり、水運儀象台は世界初の機械式時計と言えるのです。欧州よりも約200年も早く、機械式時計が発明されていたことになります。

この水運儀象台は、1127年に攻め込んできた金王朝の軍隊によって破壊されてしまったのですが、建設に当たった科学者の蘇頌(そしょう)が書き残した設計書が残されており、日本の専門家と時計メーカーが丹念に解析した結果、復元図が出来上がり、1997年に長野県下諏訪町に現物を再現しました。

下諏訪に再現された水運儀象台の紹介映像

ちなみに、中国では日時計はほとんどつくられておらず、事実上、時計の歴史は水時計から始まっています。時計技術を中国から輸入した日本も同様で、日本最古の時計は、660年に中大兄皇子が現在の奈良の明日香村につくった漏刻です。1981年から本格調査が始まった奈良の明日香村の飛鳥水落遺跡で発見された漏刻の遺構をもとに関係者が試算したところ、時間精度は相当正確だったそうです。

(次回《家庭で重宝された「火時計」、錠前師たちが作った「砂時計」》は6月19日公開予定です)

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