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人類が初めて作った「時計」とは? 人と時計の5000年の歴史

誰かに話したくなる『時計の科学』1

人類はどのように「時間」を発見し、そして「時計」を作ってきたのか? 時の研究家・織田一朗さんに人類と時計の歴史を5回の連載で解説していただきます。

(本稿は『時計の科学』の内容を再編集したものです)

人類初の時計は日時計

初めて「時間の存在」に気づいた人は、本当に素晴らしいと思います。何しろ、「見えないもの」の「存在」を解き明かしたのですから。

人は「太陽の動きにつれて、木や岩の影が長さや方向を変えていくのを見て、時間の存在に気がついた」と言われています。時間がどうやって発見されたのかは、後人たちの推測の域を出ませんし、ましてや「最初に気づいた人」を特定することもできませんが、凄い知能だと思います。

人類が初めてつくった時計は、日時計だと言われています。暦とともに、チグリス・ユーフラテス川流域に生まれたメソポタミア文明や古代エジプトの文明に、その痕跡が見つかっているからです。

原始的な日時計は地面に棒を立てるだけで作ることができる Photo by iStock

メソポタミア文明では、紀元前1万年頃から農業が行われており、人々は自然の変化や季節に深い関心をもっていました。いつごろ種を蒔くのが良いのか、いつごろ収穫するのが収穫量を最も増やせるのか、冬の用意をいつごろから始めれば間に合うのか、自然や季節の変化は生命や生活に密接にかかわっているからです。ちなみに、古代エジプトの壁画に日時計が描かれた最古の時代は、紀元前4000〜紀元前3000年です。

古代の人々にとって、時の変化の経緯を知る上で重要な手掛かりになったのは、月の相でした。月は約30日(正しくは約29.5日)の周期で満ち欠けを繰り返し、それが
12回続くと同じ季節が巡ってくることを経験的に学んでいたのです。このような知識の積み重ねが、天文学への糸口になったのでしょう。

メソポタミア文明を築いたシュメール人は、30日を1ヵ月とする暦を使っており、1日を12時間、1時間を60分、1分を60秒で構成する時刻制度の概念をつくりあげました。また、紀元前3000年頃のピラミッドには、昼と夜をそれぞれ12分割していたという記録が残されています。

「コマ型」「垂直型」「携帯用」の日時計

当初の日時計は、地面に垂直に立てた「柱型」が一般的で、日影棒(グノモン)の方角と長さで、大まかな時を読み取る程度でしたが、円盤の中心部に棒を差しそのまま地面に立てかけたような「コマ型」、建物の壁面などに垂直に設置する「垂直型」、持ち運べるように簡素化された「携帯用」などさまざまなタイプがあります。

コマ型(左)、垂直型(中央)、携帯用(右)の日時計 Photo by iStock

日時計は科学知識を学べばどこでも設置することができるだけでなく、保守点検などの必要もないケアフリーなので、世界中に広まり、中近東、ギリシャ、ローマなどで、さらに発展します。天文学や(時間論を含む)哲学が発達していたギリシャでは、紀元前4世紀に、哲学者として有名なプラトンがアテナイ郊外で時刻に加えて、天体の位置を表示する天文時計をつくりました。同じ頃、マケドニアの将軍パルメニオンは太陽の動きにつれてグノモンを動かして表示時刻を修正する日時計を考案しています。ローマでは2世紀に、プトレマイオスがいくつかの惑星の動きを時刻に連動して表示する天文時計を完成させています。

また、地球の重力を発見した物理学者アイザック・ニュートン(1643〜1727年)は、室内用の日時計を考案しています。小さな鏡は太陽の光を反射すると、壁に光の点を映し出すことを応用し、自宅の南に面した部屋に鏡をセットし、毎日同じ時刻に投影される光の位置を記し、1年がかりで天井と壁に文字盤をつくり上げました。「グノモンを使わない日時計」なので、画期的なアイディアに見えますが、時刻が分かるのは1日1回の決まった時刻だけなので、これが「時計」と呼べるかは、はなはだ疑問です。

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