優れた指導者に語り継がれる「成功のピラミッド」とは

ほめて伸ばすコーチング(9)
林 壮一 プロフィール

「私はコーチというよりも、教師だ」

バスケットボールで頭角を現し始めた高校2年のシーズン、ウッデンはスターティングメンバーから外される。どうしても納得できなかった彼は、その日体育館から去り、他の学校に転校することを考える。

スポーツ専門紙「スポーティングニュース」表紙に登場したジョン・ウッデン氏
 

しかし父の言葉が頭を過り、思い止まる。怒りを感じながらもシックスマンを務め上げたウッデンは、3年生、4年生と2年連続でインディアナ州最優秀選手に選ばれ、パデュー大学に進学する。大学では大車輪の活躍を見せる傍ら、英語学部で教員免許を取得した。

卒業後は、当時、米国に存在したBAA(Basketball Association of America)に属するインディアナポリス・カウツキーズでプロ選手として活動した後、ケンタッキー州の高校で英語教師として教壇に立ち、かつバスケットボール部を指導した。

「私はコーチというよりも、教師だ」が、ウッデンの口癖だった。英語教師として高校生にシェイクスピアを教えるように、バスケットボール部を強化した。

太平洋戦争時にはアメリカ海軍に従事し、戦後、インディアナ州立大学バスケットボール部のコーチとなる。同校での采配が認められ、UCLAにヘッドハントされた。

ウッデンの人間性の根幹には、父の7つの教えがあった。どんな局面に立たされても、怒りは表に出さず、癇癪を起こしてロッカーを蹴り上げたり、物を投げるようなこともなかった。NBAでも大学リーグでもコートのサイドラインを行き来して大声で指示を出す監督が多いが、ウッデンはベンチに腰掛けたまま、冷静に戦況を見詰めた。

ウッデンにとって、自らを信じることは人としての品格を意味した。彼には周到な準備をしたうえで試合当日を迎えているという自負があり、それが自信の源となっていた。やるだけの練習をしたのだから、行動に移すだけだ、という思いで毎回ティップオフを迎えた。

勝利は喜びであり、敗北は失望に違いないが、バスケットボールは人生の一ページに過ぎず、それが全てではない、という姿勢を貫いた。だから、無数のNBAチームからスカウトされるような選手にも、学の重要性を説いた。授業で出される課題が、いかに大事であるかを日々、選手に伝えた。

強豪校であるUCLAには、サウスキャロライナ州の貧困家庭で育った黒人選手や、カリフォルニア州の中流家庭の子供である白人選手、あるいはニューヨーク出身のユダヤ人選手などが集う。価値観の違う若者を束ねる時、ウッデンは父の哲学をアレンジして「110パーセントの全力を見せろ」「チャンピオンリングより、タイトルより、大事なものは練習だ」「毎朝、自分に与えられた8万6400秒の一瞬一瞬をいかに過ごすかを考えろ」「読書とは自分への投資だ。カネより大切なものだ」「学ぼうとしない人間は、生きていることにならない」「『ありがとう』と言う練習をしなさい」「正しいこととは、正しい人よりも重要だ」と伝えた。

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