長谷川滋利が「甲子園は炎天下で死者が出るまで変わらない」と断言するワケ

ほめて伸ばすコーチング(3)
林 壮一 プロフィール

組織を変えるより個人の意識を変えたほうが早い

変化を起こすために、長谷川はこんなことを考えている。

「文部科学省、高野連に今すぐにこう変えろ、と言っても無理です。甲子園を改革するには、朝日新聞や毎日新聞のトップの方々とも話をしないといけない。新聞社も仕事なので、私たちが相談を持ちかけても、そう簡単には改革できないでしょうね。ですから、組織を変えようとするのではなく、個々人の意識を変えるのが一番いいのかな、と僕は思います。対象は高校生や、その親です。

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極端な話、高校生投手が全員、連投はしない、という風になったら、甲子園は成立しません。だから、そっちの方がいいのかな、と。当たり前の話ですが、アメリカ人高校生なら自分の言いたいことは、はっきり言いますよね。ダメなものはダメ、監督が間違えていたら、『間違っている』と言います。そうでなければ社会で生きていけません。日本も高校生ぐらいになると、自分から発言させることが大事でしょう

 

長谷川はオンラインサロンを設け、次世代の野球選手たちにアドバイスを送ることを検討している。

「監督の支配下にある高校生は難しいでしょうが、小中学生、社会人、プロの選手の方にオンラインサロンでメンタルトレーニングの重要性を伝える試みを始めています。もちろん、メンタルを鍛えるのですが、中学生ならこれから高校生活が待っていますから、『甲子園と自分の将来のどちらかを取るなら、自分の将来を取る方がいい時もあるよ』というようなことを伝えようと思っています。

甲子園を目指し、18歳で燃え尽きるのではなく、やる気があるなら野球人生はもっともっと先があります。大学や社会人で花が咲く選手だってたくさんいますからね

1996年生まれの長谷川の愛息は、父のアナハイム・エンジェルス入りをきっかけに、生後3ヵ月でアメリカに渡った。長谷川は当初、息子をプロゴルファーにしたかったと笑うが、父の影響もあり、ベースボールを選ぶ。すでに大学を卒業し、プロ選手となるか、独立リーグでプレーするか、社会人チームでプレーするか、所属するチームを決める時期だという。

2005年のシーズンを最後にユニフォームを脱いでから、長谷川は息子を指導して来た。小学生の間はリトルリーグ、中学生でシニアリーグ、そしてメジャーリーグ2632試合連続出場の記録を樹立したカル・リプケンが主宰するリーグ等、3つか4つのリーグのなかからいくつかを親子で選び、プレーさせた。高校からは日本のように学校の部活動で一年の半分を過ごし、残る5ヵ月間は、長谷川自身がコーチとして顔を出すクラブチームに所属させた。

「仮に高校の指導者に嫌われて全然使ってもらえなくても、クラブチームで頑張れば、大学から呼ばれます。実際にウチの息子は高校じゃなく、クラブチームにおけるプレーを見た大学からスカウトされました。そんな風に、アメリカには選択肢がありますよね。

辛い練習を我慢することが必要な子も、必要じゃない子もいるんです。チームが自分に合っていないと思ったら、選手はやめてしまうでしょう。それで、その子が野球じゃなくサッカーや陸上に行ってしまったら野球人口がどんどん減ってしまいます。だから日本も、各地域に受け皿があればなと思いますね。高校に通いながらでも、高校野球じゃなくクラブチームで続けられたらいいですよね」

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