自分の育った世界がすべてになってほしくない

朱野さんの友人の一人は、「子どもには、自分が育った世界がすべてだとは考えないように育ってほしい」と話していたという。

「私の住んでいる地域は中学受験熱が高く、小学校5、6年生の時点で、学力が揃った私立へ行くか、さまざまな子がいる公立校へ行くのかの選択を迫られます。どんな方針で育てたらいいのか、親にとっても悩ましい問題です。なぜうちとよその家は違うのかと訊かれる場面も増え、骨が折れる時代になったと思うこともあります。家族単位ではなく、人はそれぞれ孤独で、それぞれ目指すゴールが違う──。そう考えるだけでも、少し楽になれるのかもしれません」

-AD-

対岸の家事』には、自分の意志で専業主婦になった詩穂をはじめ、2人の子を抱えながら、仕事も完璧にこなしたいと考える礼子や、2年間の育休を取得したエリート公務員・中谷など、家事や育児に悩むさまざまな立場の人が登場する。置かれている状況がまったく異なる彼らは、最初は相手のことが理解できない。しかし、相手や、相手の立場を知ることで少しずつ歩み寄っていく。

「家族形態にも性にも多様性がありますと言われても、そうでない価値観で長く生きてきた年配の方は受け入れるのは難しいかもしれません。かくいう私も42歳なので、受け入れがたいと思っている世代と、すんなり受け入れていく世代とのちょうど間(はざま)にいます。双方のいらだちが理解できてしまってたまにつらいです。

男性が家事や育児をすることを受け入れるかどうかも、私の世代の上と下でパッキリ分かれている印象です。下の世代は男女ともに『それが当たり前』だと思っている人が多いですよね。ですが、若くてもそういう時代の流れに乗らない人たちもいて、詩穂のように『主婦がむいている』という理由で夫婦分業にする人たちもいます。東京都以外の地域では、主婦家庭でないと機能しないこともあると思います」

北川景子さんと永山瑛太さん主演のドラマ『リコカツ』でも、男尊女卑を絵にかいたような昭和の父が登場する。しかしその人が悪人なのかというとそうではないし、歩み寄ることはできると教えてくれる Photo by Getty Image

文庫版には、同小説のスピンオフとして、詩穂の夫、虎朗の視点をつづった短編が収録されている。

「虎朗はまだ若いので、専業主婦の妻を持っている人が周りにあまりいないのですよね。なので同世代とちょっと話が合わなかったりする。自由に使えるお金が少なくて、悩むこともあるだろうな。そんな風に思いながら書きました」