「家事育児」という無償労働の現実を、専業主婦・子持ちのワーキングマザー・育休中の男性・要介護の親を抱える独身のキャリアウーマン等々、様々な立場から伝えてくれる小説『対岸の家事』。専業主婦家庭と共働き家庭の世帯数は1990年半ばに逆転し、2020年には共働き世帯が倍以上となっている中、著者の朱野帰子さんが専業主婦をテーマに描いたのは、「家事育児」だけではない、無償労働が支えている社会の現実を浮かび上がらせたかったという意味もあったという。

この物語は家事育児の中でも、特に「育児」によって仕事に与える影響の大きさをリアルに伝えている。しかし朱野さんは「未既婚や性別の別を越えて取り組まなければならない家庭内労働が出てくると思います」という。それはどういうことなのか――。

朱野帰子(あけの・かえるこ)
1979年生まれ。大学卒業後、マーケティングプランニングの会社に勤務、サービス残業という言葉がなかった時代から当然のように残業をする日々を送る。2009年に転職した製粉会社では残業が基本的に禁止されており、カルチャーショックを受ける。2009年に『マタタビ潔子の猫魂』で第4回ダ・ヴィンチ文学賞を受賞し作家デビュー。2018年に刊行した『わたし、定時で帰ります。』(新潮文庫)が話題となり、ドラマ化。『駅物語』『対岸の家事』など著書多数。二児の母でもある。

インタビュー・文/長谷川あや

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「正しい夫婦の在り方」なんてない

結婚して、子どもを持ったことで、「いやおうなく家事の世界に放り込まれました」と語る朱野さんだが、それでも家事をやるようになって、それまでとは違った景色が見えてきたという。

「(グループウエアの開発や販売を行う会社の)サイボウズの社長の青野慶久さんが、とあるフォーラムで『社会進出しているのは女性だけ、男性は会社に進出しているだけ』とおっしゃっていました。保育園も地域の活動も女性が参加するのが一般的で、彼女たちの方がよほどいろんな社会に触れていると言う趣旨のお話でした。私も女性ではありまが、仕事人間だったので、そういう意味で社会進出したのは子育てをするようになってからです。大学や会社、今いる出版業界で会う編集者さんたちも、自分と似た環境で育った人が多かったです。地域社会に入って、子供と昼間の街をうろうろすることで、いろいろな立場や考え方の人に道端で出会い、世界が広がりました。主婦の世界が狭いというのは決めつけだったのではないかと思うようになりました」

地域の活動やゴミ出しのルール。近隣社会がいまどんなふうに動いているのか。会社や仕事「だけ」ではわからないことがたくさんある Photo by iStock

あらゆる場所で「多様性」が叫ばれる時代だ。

「正しい夫婦、正しい家族の形がなくなりつつありますよね。同じ家族構成でも、住んでいる地域によって、今だったら出勤かリモートかによっても、生活は違ってきます。独身世帯も増えて、家族の在り方が多種多様に生まれている。自由になった反面、『正解がない』ことに不安を感じる人も増えていると思います。『これが正しい形である』『でないと社会が壊れる』といった他者を抑圧する人をたまに見ますが、自分とは違う生き方をする人たちへの無知も、そうした抑圧を生んでいるようにも思います。森山至貴さんの書かれた『LGBTを読みとく-クィア・スタディーズ入門』という本に、何を知っていれば他者を傷つけずに済むかという問いが大事だ、と書かれていましたが、専業主婦批判もワーキングマザー批判も、彼らがどんな生活を送っているかを知らないからこそ起こるものではないかと思います