マンガ/伊藤理佐 文/FRaUweb

母の日の翌月が父の日って…

毎年5月第2日曜日は母の日、6月第3日曜日は父の日である。
「5月6月は親孝行について考える月間」とするために「母の日」と「父の日」を近くしたのだろうか……。

と思ってしまうが、実はこれだけ近くなったのは偶然のようだ。
母の日も父の日も、もともとはアメリカの祝日。最初に決まったのは母の日だった。

きっかけは、まだ南北戦争で負傷する人が多かった時代。アン・ジャービスという女性が負傷兵の衛生状態を改善すべく、地域の女性を結束させるために「Mother‘s Work Day」を作ったのだという。そのアンの娘のアンナ・ジャービスという女性が、今の「母への感謝の日」を提案したのだ。アンが1905年5月9日に天国へ旅立って数年後、母の支援者とともに「母の日」普及運動を始める。そしてアンの命日に「母の日」を祝うようになり、1908年ごろからそれが全国的に普及。1914年には5月の第二日曜日が「Happy Mother’s Day」として正式なアメリカの記念日に制定された。

父の日は、母の日はあるのに父の日がないのはおかしいと、父子家庭に育ったソノラ・スマート・ドットという女性が教会に嘆願したのがきっかけだったという。そして1910年6月19日、ソノラの父の誕生月である6月を父の日に定め、お祝いするように。1916年に当時のウィルソン大統領が「父の日」の演説を行って認知された。ただし正式にアメリカの記念日に制定されたのは1972年とかなりあとである。

そうかー、たまたま「母の日」のきっかけの方の命日が5月で、「父の日」のきっかけの方の誕生日が6月というだけだったんだ……とはわかった。

もちろん感謝を伝えるのは素晴らしいことなのだけれど、実はこれがけっこうめんどくさかったりもする。
そして「親孝行って何だろう」と考え込んでしまうこともある。
そんなことを考えさせてくれるのは、伊藤理佐さんのマンガ『おいピータン!!』10巻1話の「マユのシチュー」である。

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「幸せな記憶」が与えてくれるもの

おいピータン!!」シリーズは、現在は『おいおいピータン!!』と名前を変えて「Kiss」で20年以上連載されているオムニバスショートコメディで、講談社漫画賞少女マンガ部門や手塚治虫文化賞短編賞などを受賞している。「食べる」ことを中心に、人生様々な「あるある」を描き出し、笑いながらちょっと胸がチクッとしたり、目から鱗の気づきを得たりすることができるのだ。

「マユのシチュー」の主人公はアラサーと思われるひとりっ子の女性。どうやら結婚する彼を両親に紹介したいらしい。彼に両親のことを話す中、思い出話に出てきたのが10歳の時に作ったシチューの話だった。母親が風邪をひいたときに自分も大好きなシチューを作ったら、両親が大喜びしたのだ。

(c)伊藤理佐/講談社『おいピータン!!』10巻1話より

そりゃあ嬉しいだろう。10歳のひとり娘の初めての手料理。何も言わないのに母親の体調を考えて、包丁を持って一生懸命作ってくれた。味はもちろん、優しさというスパイスにより、これ以上ないご馳走になったはずだ。
しかし、それ以降、「10歳のときマユが作ってくれたシチュー」は家族の幸せの証としてどんどん記憶の中で「ご馳走度」が増していく。

「お母さんの風邪はどんどんひどくなって、
私はどんどん『やさしい娘』になって
野菜もどんどん大きくなって」

(c)伊藤理佐/講談社『おいピータン!!』10巻「マユのシチュー」より

マユからしたら、「10歳のときの自分」が肥大化していてちょっと気恥ずかしいのかもしれない。シチューを作ったのには、もちろんお母さんが風邪というのもあったけれど、もう一つ単純な理由があったからだ。
しかし、単純な理由の背景には、お母さんが具合悪いなら自分で作ろうかなという気持ちがある。その「気持ち」からはむしろ「感謝してもらうための行動」よりも、本当の優しさが伝わってくるのではないだろうか。

果たして、彼が実家に行くと、ご両親から「10歳のときのマユのシチュー」の話を聞かされる。そして、思わず彼ももらい泣きしてしまう。
相手の優しさや思いやりを実感できた幸せな記憶はずっと残るし、その記憶で人は幸せを感じることができる。

父の日は、改めてそんな記憶を振り返ると、本当の感謝を伝えられるかもしれない。