都井睦雄[ウィキメディアコモンズ]/Photo by iStock
# 事件

史上最悪の殺人事件「津山三十人殺し」、犯人の遺体はどこに消えたのか?

墓はあるが、遺体は埋まっていない
※津山事件の犯人である都井睦雄以外の人名については、すべて仮名を用いています。

日本史上最悪の大量殺人とも言われる津山事件。その「知られざる一面」に迫った前編記事はこちら
 →【前編】史上最悪の大量殺人「津山三十人殺し」残された犯人家族の「知られざるその後」

残された睦雄の家族たちの苦悩

事件が発生した時、睦雄の唯一の肉親である姉は貝尾にいなかった。

実は後の戸籍の調査で、第一の被害者となった祖母のいねと睦雄は血縁関係がなかったことがわかっている。睦雄の血を分けた唯一の家族は、姉のみな子だけだった。

事件発生前、祖母のいねは、睦雄が銃器を集めていることを察すると、そのことを警察へ密告し、睦雄は銃器類をすべて没収されてしまった。ただその後600円の借金をして、再び銃や弾薬を集め、犯行に踏み切った。こういう経緯もあって、睦雄は祖母を恨んでいたと思われる。

都井睦雄[ウィキメディアコモンズ]
 

しかし、姉のみな子は常に睦雄の味方だった。睦雄には優しかった。

だから、睦雄が姉を殺害するはずはなかった。また、事件当時、みな子は妊娠しており、臨月だった。夫と津山市内に住んでいた。

事件直後、貝尾の合同葬に入れてもらえなかった睦雄と祖母いねの遺体は、姉のみな子夫婦らの手によって、戸板に寝かされ、馬車に乗せられて、睦雄の生まれ育った地である岡山県北端の倉見の集落まで運ばれた。実に20キロ以上の距離の登り坂だらけの山道だったという。

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