都井睦雄[ウィキメディアコモンズ]/Photo by iStock
# 事件

史上最悪の大量殺人「津山三十人殺し」残された犯人家族の「知られざるその後」

逃げるように、村から出ていった
※津山事件の犯人である都井睦雄以外の人名については、すべて仮名を用いています。

史上最大の大量殺人事件に残された謎

岡山県西加茂村(現:岡山県津山市加茂町行重の貝尾地区)の貝尾の集落。83年前の5月21日午前1時40分頃、津山三十人殺しはこの地で発生した。

22歳の青年、都井睦雄は黒詰襟にゲートルを身につけ、そして頭に2灯の懐中電灯、腹にナショナルの自転車用ランプを装着。事前に電線を断ち切り、集落全体を闇夜の中に包みこんだうえで殺戮を始めた。

都井睦雄[ウィキメディアコモンズ]
 

まず自分の祖母いね(当時75歳)の首を手斧で刎ねて即死せしめ、その後貝尾の全22戸中11戸を襲撃。下は5歳の子供から、上は86歳の老人まで、あわせて30人を殺害した。この時の貝尾の人口は111人だったので、実に村人の4分の1以上が1時間余りで殺害されたことになる(事件の詳細は前掲記事を参照)。

事件後、睦雄は西加茂村と津山市の間に位置する荒坂峠の山中に逃げ込み、貝尾を臨める尾根近くで、持っていた猟銃を自分の左腋の下にあて、自身の心臓に向けて銃弾を撃ち込み自決した。遺書には「…思ふ様にはゆかなかった」と記されていた。時間は午前10時半頃だった。

そして、僕が今、語りたいのは事件の知られざる後日談と、犯人、都井睦雄にまつわる、今も残っている最大の謎についてである。

それは都井睦雄の遺体が「今どこに眠っているのか」ということだ。

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