男性の遺体から「赤ん坊」の死体が出てきた…昭和の日本を揺るがした猟奇事件の全貌

医師はなぜ赤ん坊を埋めたのか
穂積 昭雪 プロフィール
・執刀医を目指し勉強中の松木助手は、勉強のためガン患者の内臓をじっくり観察したいと考え、野口さんの体から内臓を抜き取り個人的に調べることにした。
・遺族には内臓を抜き出すことは明かさず「腹に溜まった水を取り出すため一度腹を切らせてもらう」とウソをつき解剖した。
・2体の赤ん坊(嬰児)の死体はホルマリン漬けにして病院に保管されていたものである。体が空っぽになるので抜き出した内臓の代わりに赤ん坊の死体を体に詰めることにした。
・それでも空いている部分には新聞紙を丸めて詰めた。

やはり赤ん坊を死体に縫い込んだ犯人は松木助手だったのだ。

この松木助手の供述に強い怒りを抱いたのが、当然ながら野口さんの遺族である。

遺族は、松木助手から腹から水を出す手術と説明を受けた際にも「あの人は(ガン手術で)何度も腹を切られていて、これ以上は切られるのは可哀そう」という理由で手術を断っていた。だが、何度も松木医師が遺族に頼みこみ、強引に手術を決めてしまったと訴えている。遺族は「腹を切られた上、見知らぬ赤ん坊の死体を縫い込むとは言語道断」と、法的に戦っていく姿勢を見せた。

 

「嬰児埋め込み事件」日本中を駆け巡る

「嬰児埋め込み事件」が新聞紙上で報じられた1948年1月29日。世の中は3日間に発生したばかりの帝銀事件一色であり、どの新聞も「警察が真犯人逮捕に向けて動き出した」「有力な容疑者は犯行に使われた名刺の印刷を頼んだ男」といった記事が相次ぐなか、「嬰児埋め込み事件」は以下のような見出しで報じられている。

「男の死体から嬰児 病院で医師が縫い込む」(読売新聞)
「○○病院解剖室の謎 腹の中から嬰児」(毎日新聞)
「火葬場のグロ 死児詰め死体」(時事新報)

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