大切なものとの深い関係が築ける快楽

その時々大切な物との間に絶対的な関係が築けること、それこそがラグジュアリーの本分であり、またそれができる人だけに許される快楽なのではないかということ。

「私は一時期どっぷり嵌った香りも使い切ったら次の香り、みたいな使い方をしてきました。本当に好きだったものも、後で振り返ると明らかに、それはもう昔の自分。時間の概念に、ギリシャ語でクロノスとカイロスというのがあります。クロノスは平行な時間、みんなで同時に進めていく時間なのに対し、カイロスはその人個人にとってのもっと深い時間。電車に乗っている時間はクロノスで、誰かと深い話をしている時間はカイロス、みたいに。香水って私にとってカイロスを深めていくものなんです。だからその時々の自分は、終わっていくけど関係は深い……」

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まさに中野さんが語るその“カイロスを深めることのできる感性”を持って、物を愛せることがこの上なく重要なのだろう。かくしてラグジュアリーは時代の価値観を常に投影し、だからその意味が変わる時、ある種のエネルギーで更に人を動かす可能性も大きい。

「そういう意味でも、コロナ前とは全然違うものになる気がしています。もはや特権的なものではなく、地球環境に優しくてサステナブルでインクルーシブなものに。多様なラグジュアリーが共存するネオラグジュアリーの時代に突入しています。ファッションも今、端境期にあって“フランスではない国”から、若い人から、新しいラグジュアリーを作る動きがどんどん生まれています」

奇しくも今、幾つもの変化が一つの畝りを作りつつある。AIがスピードを速める時代の変化。200年ぶりの星の巡りが“物より心”、“目に見えないものほど大切”と言う「風の時代」の訪れ。そしてコロナ。もう止められないジェンダーレス化も時代の転換期を象徴するが、欧米に遅れをとっているかにも思えた日本の香り、でもそれはとんでもない思い違いだった。日本は時代を超えて主軸となる精神を、一人黙々と貫いてきたのだ。日本の香りこそラグジュアリー。そうは言えないだろうか。