# ドラマ

『大豆田とわ子』にチラつく「不気味さ」の正体…これは“ホラー作品”なのか?

「あえて描かない」という手法が見事
成馬 零一 プロフィール

これは負荷の強い場面を描くと拒絶反応を起こしてしまう視聴者に配慮した「優しい見せ方」とも言える。しかし、画面から受ける印象は真逆で、大事な場面をあえて隠すことによって不穏さが倍増している。

ふつうのドラマなら見せ場となるような大きな事件を『まめ夫』はあえて見せない。同時に重要だと思われる人物が、会話の中にしか登場しないことも多い。

『カルテット』(TBS系)でも坂元裕二は、楽しいやりとりの向こう側で不穏な気配が蠢いている手触りを描いていたが、『まめ夫』の見せ方は、より洗練されている。主役のとわ子を一時的に画面から消し去ることで、巨大な空白を映像の外側に作り出し、視聴者の想像がその巨大な隙間に向かうように誘導されていた。

見えないが、物語は続いている

現在、『まめ夫』は第2章に入り、物語は佳境を迎えている。かごめの死から1年が経ったある日、とわ子の前に数学が好きな謎の男・小鳥遊大史(オダギリジョー)が現れる。

第2章のキーパーソン・小鳥遊大史役のオダギリジョー[Photo by gettyimages]
 

「人生って小説や映画じゃないもん」

「幸せな結末も悲しい結末もやり残したこともない。あるのはその人がどういう人だったかっていうことだけです」

「だから、人生には2つルールがある。亡くなった人を不幸だと思ってはならない。生きてる人は幸せを目指さなければならない」

と語る小鳥遊の死生観は、かごめが突然亡くなったことを受け止めきれずにいたとわ子の救いとなる。

関連記事

Pick Up

編集部からのお知らせ!

おすすめの記事

ABJ mark

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標 (登録番号 第6091713号) です。 ABJマークについて、詳しくはこちらを御覧ください。https://aebs.or.jp/