迫るマグマ…35年前の火山噴火、被災した少年がいま記者になって“伝えたいこと”

NHK取材ノート編集部 プロフィール

迫りくるマグマのカーテン、伝わらない情報

日が暗くなると山は真っ赤に染まっていた。これまでの噴火とは比べものにならない「赤・赤・赤」。割れ目噴火によって噴出するマグマは山の高さを加えると、1000メートルを超える。島の空全体が真っ赤なカーテンに覆われているような圧迫感だった。

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父から連絡はなく、不安の中、自宅には母と姉2人、そして私が残っていた。

テレビをつけると、ほぼ全局が噴火の生中継。轟音の中、大きな揺れも頻発、ガタガタと揺れるふすま。断続的に起きる停電。テレビ中継では興奮して話す記者やリポーターの姿が映るが、伝えられるのは噴火の“状況”のみ。

『私たち島の住民はどうすればいいのか』、その情報は何もなかった。不安だけがあおられた気持ち…

<状況を伝えるだけの報道でいいのか? >

<救われるべき人に必要な情報はなにか? >

この時の“違和感”の答えを、今も探し続けている。

 

11月21日午後7時 島内での避難開始

このころ、島の各地に避難が呼びかけられた。私の住む島の南部でも避難が呼びかけられ、100mほど離れた避難所に。状況を知りたいのでラジオをつけたが電波が悪くよく聞こえない。

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聞こえるのは噴火の轟音だけ。見えるのはオーバーハングするような「マグマのカーテン」。目の前にある情報はそれしかなく、不安だけが募る。

<自分たちに必要な情報”がないのだから、テレビもラジオも役に立たない…>

<僕たちはどうなるの? お父さんは大丈夫なの? >

“役だたない”情報の中、そう思ったことを覚えている。そしてなんとか港に着き、東海汽船の「すとれちあ丸」に乗りこんだ。

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すでに乗船している住民で満員状態だ。客室に入れず、廊下に毛布を敷いて座り、寒さの中、母と姉と私4人で身を寄せ合った。

「父さん、噴火に巻き込まれてないよね…」

「父さんは強いから大丈夫!私たちで頑張るの」

遠ざかる島の影。あたたかい膝の上で眠った。

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