きっかけは「高齢者の交通事故」への恐怖

4年かけて四国の家を一軒とお墓、関東の家を一軒しまった。いわゆる「家じまい」と「墓じまい」。父が亡くなって15年、ついにやり遂げた。

そもそも「家をしまう」だなんて、何をしたらいいのか皆目検討もつかない。この初戦からのラスボス感。父亡き今、ポンコツ母娘3人組のわたし達にできるのか? と不安から懐疑的になったけれど、結果わたし達にもできました。

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四国の家は15年前に亡くなった父の実家であり、家族で幼少期を過ごした築80年の山間の家。関東の家は築50年、わたしが6歳から22歳まで16年を暮らしたいわゆる実家。あくまでも我が家の個人的な話なので汎用性は低いと思いますが、某町で行われた我が家の「実家じまい」について(四国の家については弊ブログ “たまに営む 松さや香”にて)。

家族4人が暮らした4LDKの戸建ては前述した通り築50年、わたし達家族が3代目の住人だった。家族一台ずつ所有する車(つまり4台)を停めておける駐車場を有す車社会での標準仕様住宅は、当然のように最寄りの駅からは徒歩30分という立地。そんな地方都市あるある物件に高齢の母は、父を見送った後の約10年を一人で暮らしていた。

家を出てそれぞれの家庭を持つ身のわたしと妹が、近頃ニュースを見るたびに強い不安を覚えていたのが「高齢者の交通事故」。娘二人は四十路相応に経験値も増え、日常に起こるアクシデントや仕事のミスは何かしらの手は打てる(ごまかせる)図太さは身についたものの出自はただの陰キャなので、連日全国のどこかしらで起こるシニアの踏み間違い事故を報道で目にしては怯え散らして暮らしていた。母が事故を起こして、人を傷つけてしまったら……。

娘達もまた運転していれば事故の可能性は当然はあるものの、車がマストハブの地方都市生活で「年齢考えて免許返納して、あとは気合いで頑張れ!」と、こちらの精神衛生を保つために母から免許を奪うのも本意ではない。長年運転していた人を捕まえて、加齢による衰えで人を傷つける可能性を示唆しても、頑なになる人も多いだろうし、何より生活をどうしろと? と言われてしまえば、こちらもまた閉口。日々の営みは理想論ではすまないのだから。