ふたりに話しかけ、ふたりに名前をつけた 

樽井さんは、妊娠してからずっと赤ちゃんに話しかけていた。そして、その話しかける相手が、供血児だった赤ちゃんの心拍が消えた後も、ひとりになってしまうこともなかった。

「心拍がなくなったからといって、そばにいてくれる状態ですから一人にだけ話しかけるようになったりはしませんでしたね。そこにいて美侑を見守ってくれているわけじゃないですか。だから、話しかけたい気持ちがあったんだと思います」

心配は続いていた。
「美侑にしても、毎回心拍が聞こえるとうれしくて『ああ、よかった』と思うけれど、障害を持って生まれてくることになるのかどうかは、まったくわからないんですね」

でも、だからこそ、2人に話しかけずにはいられなかった。無事に生まれてきてほしいし、亡くなった赤ちゃんには、そうなるように守って欲しい。

名前も、2人につけた。

生き残った赤ちゃんには「美侑」 亡くなった赤ちゃんには「結美」と名付けた 。
「美侑の侑には、助けるという意味があります。たくさんの人に助けてもらった命だから、生まれたら今度は美しい心でたくさんの人を助ける人になって欲しいという気持ちを込めました。結美の結は、まさに結ぶという意味。家族をさらに強く結びつけてくれた子なのでこの漢字にしました。」

その後樽井さんは早産のリスクが高まり長期入院をしたが、結果的に早産はなく、美侑さんは正期産に近い妊娠36週5日で元気に生まれてきた。

  生まれたばかりの美侑さん。手術が無かったら元気に生まれてくる可能性は非常 に小さかった。写真提供/樽井美沙さん
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亡くなっている結美さんは、医師からは「胎盤と共に出て来る」と聞いていた。「どんな状態で生まれてくるかわからない」とも。でも、結美さんの身体は、手足も顔もよくわかる状態で出てきた。
「18週で成長を止めていたので両手に載るくらいの大きさでしたが、きれいなまま生まれてきてくれたんです。子ども用の棺に入れてもらって、火葬もしていただき、細い骨を拾うことができました」
結美さんのお骨は今、ご家族のお墓に埋葬されている。

  妊娠16週、手術の直前の超音波写真。結美さんがちょうどこちらを向いている 写真提供/樽井美沙さん
2歳の頃の美侑さん。2人分の愛情を受けてすくすくと育った 写真提供/樽井美沙さん
河合蘭さん連載「出生前診断と母たち」今までの連載はこちら