「ふたりの大きさが少し違う」

美沙さんは、地元のクリニックで妊婦健診に通っていて双胎間輸血症候群が発覚した。当時まだ25歳という若さだった樽井さん。2回目の健診で双子と言われて驚いていたが、妊娠13週(4ヵ月)で受けた4度目の検診では、さらに「2人の大きさが少し違う」と言われ、直ちに大学病院で受診するように言われた。
はじめ、樽井さんは、そんなに深刻なことではないと思っていたが、受診すると、そのまま入院するように言われたので驚愕した。しかも、双胎間輸血症候群は、その愛媛大学医学部附属病院では打つ手がないという。実は、日本は胎児治療を行なう病院は非常に少なく、当時はまだ3ヵ所しかないという厳しさだった。

「先生に、手術ができる病院は東京、浜松、山口の3カ所だと言われましたが、私には選びようがありません。でも、まずは一番近い山口を選んで、説明を聞きに行くことにしました」
それが、当時、山口大学医学部附属病院にいた中田雅彦医師と樽井さんの出会いになった。

樽井美沙さん。「かつての自分のような方の力になれたら」と取材を受けて下さった。(Zoom録画より著者撮影)
-AD-

山口で中田医師から手術の説明を聞いて、樽井さんの心はすぐに決まった。
手術の効果は、100%約束されたものではないし、手術がうまくいっても早産などで障害が残ることもあるという。山口大での手術は樽井さんで30人目くらいだと聞かされた。中田医師は留学先の米国でこの手術を習得して2004年に帰国し、山口大学に着任してからまだ2年目だった。

しかし中田医師が、その約30例の前例について、赤ちゃんが1人もしくは2人とも助からなかった例も含めてすべて包み隠さずデータを見せてくれたことが、樽井さんの決心につながった。
「データを見たことで霧が晴れて、迷いがなくなりました。新しく始まったばかりの手術ですけれど、この手術が始まったあとにこうなった自分は幸運だった、とも言えます」