双胎間輸血症候群という病気をご存知だろうか。母親の胎内で稀に起こりうる双子特有の病気である。「胎児治療」については、1993年に「将来の人類となるべき胎児を医療対象者・患者として扱われるべき」と宣言されたが、難易度が高いものが多く、発展途上にある 。その中にあってこの病気の治療成績は良く、保険も適用されるようになったが、それは多くの人々の「命を救いたい」という強い思いが作り上げたものだ。
双子の妊娠を専門分野とする中田雅彦医師が15年前に出会ったふたつの小さな命と、その治療について、出産ジャーナリストの河合蘭さんが母親と中田医師とに話を聞いた。

河合蘭さん連載「出生前診断と母たち」今までの連載はこちら
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15年前の記憶がよみがえった

双子の妊娠を自分の専門分野とする中田雅彦医師が、自宅で夕食後何気なくテレビを見ていると、そこに、スケート選手を目指す少女が登場するTVコマーシャルが流れた。少女は愛媛県松山市の聖火ランナーに選出されていて、それは聖火リレープレゼンティングパートナーである日本生命による60秒コマーシャルだった。少女には、胎児期に亡くなった双子のきょうだいがいて、彼女はいつもその子の影に寄り添われながら練習に励んできたのだという。

出典/日本生命チャンネル

画面には、回想シーンとして、産婦人科の一室で少女の母親が胎児精密超音波検査を受けている映像が流れ「出生前診断」の文字がテロップに現れた。
氷上を滑っていくのは、どこか、記憶の中の妊婦の、その面影を持つ少女――中田医師の目は画面に吸い寄せられ、やがて「樽井美侑(みゆ)」という少女の名前が出たので、中田医師の中でうっすらと浮かび上がっていた思いは確信になった。

「もう15年前になる」

中田医師は、医師仲間が集まるSNSにこの日のことを書いた。
「双胎間輸血症候群の双子を救いたくて始めた胎児治療がようやく軌道に乗り始めた頃だった.胎児鏡でのぞいた子宮の中に彼女はいた.確かに彼女の姉妹は助けられなかった.でもその思いを胸に秘めて彼女が生きている」

子宮の中に入る内視鏡「胎児鏡」は、カメラで胎児の姿を見ることができる。写真は双胎間輸血症候群の手術がよくおこなわれる妊娠18~20週(5ヵ月)のころの胎児で、手術中に撮影。まだ皮膚は透けており血管の走行がはっきりと見える 写真提供/中田雅彦医師

8割がふたりとも亡くなってしまう病気

中田医師が樽井美侑さんに提供した治療は双胎間輸血症候群レーザー手術というもの。胎児鏡と呼ばれる内視鏡を使い、子宮の内部を見ながら手術を行なう。今でこそ胎児治療の保険収載第一号として専門家に広く認知されているが、当時は国内での症例はまだまだ少なく医師の間でも「そんな手術をして本当に大丈夫なのか」という懐疑的な声が高かった。

「双胎間輸血症候群」は一部の双子に特有の病気で、超音波検査で2人の大きさの違いや羊水量の差で発見される。一卵性の双子には胎盤がひとつの「一絨毛膜性双胎」と胎盤ふたつの「二絨毛膜性双胎」があるが、前者の場合は2人をつなぐ血管ができてしまっていることがあり、その場合、あたかも輸血をしているように、一方の子が一方の子に血液を送ってしまうことがある。この症候群を起こすのは、胎盤がひとつしかない双子の1割くらいだ。
 

内視鏡を見ながら、2人をつなぐ血管をレーザーで焼いて血流を遮断する。1990年代に始まった手術で、今では世界中でおこなわれるようになった 写真提供/中田医師

双胎間輸血症候群となると、血液の量が通常より多くなった子は身体は大きくなるが、心臓への負担が重くなり、心不全を起こすリスクが高まる。そしてもう一方の子は血液が少ないので低血圧、腎不全を起こしやすい。血液が少ない子の方を「供血児(ドナー)」、多い方の子を「受血児(レシピエント)」という。

双胎間輸血症候群は双子特有のリスクとして最もこわいものだ。放置すれば、8割くらいは赤ちゃんが2人とも亡くなってしまい、生き伸びることができても重い障害が残ることが多い。中田医師が美侑さん姉妹におこなったのは、2人をつなぐ血管をレーザーで焼き、2人の血流を遮断する内視鏡手術だ。血流が急変することに伴うリスクはあるものの、この手術によって、双胎間輸血症候群の治療成績は格段に良くなった。

私は聖火リレープレゼンティングパートナーとしてこのコマーシャルを制作した日本生命の協力を得て、樽井美侑さんの母親である樽井美沙さんにお話をうかがった。

樽井美侑さんと妹の沙來(さら)さん。聖火リレーは、コロナの影響で残念ながら実際には中止になっていた。だがセレモニーは開催され、美侑さんはユニフォームを着て、無事に聖火をつないだ 写真提供/樽井美沙
写真提供/樽井美沙さん