日本リスクコントロール社長 寺尾文孝氏

政界・警察・芸能界の「守り神」と呼ばれた男、寺尾文孝の“60年史”

『闇の盾』が描く日本経済盛衰記

ネット社会の今、危機管理会社「日本リスクコントロール」は、ホームページすら持たず、宣伝は一切しないのに、社長の寺尾文孝氏のもとには、口コミで「闇」を抱えた人間たちからの依頼が絶えない。

写真はイメージ(photo by iStock)

表に出せないトラブルは、寺尾さんに頼ったらどうか――。そんな「知る人ぞ知る存在」となっている。

 

寺尾氏の著書『闇の盾 政界・警察・芸能界の守り神と呼ばれた男』の帯文の「本書に登場する主な人物」に、次の名が並ぶ。

後藤忠政・田中角栄・周防郁雄・尾上縫・松崎明・田中森一・小林旭・中内功・則定衛・池田保次・中江滋樹・佐々淳行・宅見勝・浜田幸一・羽賀研二・許永中・高橋治則……

政治家、元官僚、労組委員長、仕手、企業経営者、芸能人、暴力団組長と、その人脈は果てしなく広い。

「寺尾文孝」という男

高度経済成長期のとば口ともいえる1960年、長野県の高校を卒業して警視庁に入庁した寺尾氏は、5年半で見切りを付け、民間に転じてブローカーとなり、秦野章元法相と出会って秘書となったのをきっかけに、秦野氏に持ち込まれるトラブルの処理係として頭角を現わし、「表」「裏」で人脈を築く。

ここまでなら、大物政治家の周辺に数多くいる私設秘書など政界周辺者でしかない。寺尾氏の凄みは、学歴のハンデや中途半端な職歴を補う、誰が相手でも怯まない度胸、与えられた役割を忠実に果たす使命感と粘り、成就に欠かせない分析力と繊細さを兼ね備えていることだろう。

私が、寺尾氏に初めて会ったのは、99年1月、氏がそれまでの経験を生かし、年間でA会員は2000万円、B会員は500万円の日本リスクコントロールを設立した直後のことである。

それほど上背はないが、胸板は厚くガッチリしており、髪をオールバックにして髭をたくわえ、押し出しがいい。簡単には人に頭を下げないプライドと、検察、警察に人脈を持ち、人を知り組織を知るところからくる自信にみなぎっていた。

それでいて、横柄、高圧さはなく、私のような一介の記者にも、時間が許せば会い、話せることは話し、話せないことはそうハッキリといい、誤りがあれば正し、驚くほどの記憶力で過去を遡り、政治の流れや事件の深層を語る。

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