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民主党には「政治を変えられなかった責任」がある…野党議員の告白

小川淳也議員特別インタビュー(2)
永田町でのアダ名は「修行僧」。地盤も看板もカバンもなく、無名で異質の存在なのに、一部の層から熱烈な支持を集める野党議員がいる。立憲民主党の小川淳也衆議院議員だ。小川議員は、日本の未来について何を考えているのか?

現代新書の新刊『本当に君は総理大臣になれないのか』から、小川議員への「ガチンコ」インタビューを、全4回にわたって特別公開する。(聞き手:現代新書編集部)

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政権時代の民主党について

──……うーん、そうなのかな……。

小川 誹謗や中傷ではなく、事実そうだと思います。繰り返しになりますけど、いまの政治は問題を認識できていないから定義して説明することもできない。当然、政策体系も頭の中にないし、政治の質的な転換や、そのために必然である政治家と国民との信頼強化といったことを考えたこともない。そんな人々が日本という大型飛行機のコックピットに座り続けている。追い風、晴れのところを飛んでいるうちはなんとかなったけれど、急に天気が悪くなって、大きな低気圧にものみこまれて、ガタガタ震える操縦桿を握りしめながら蛇行を続けている──それがいまの日本の政治です。晴れの状態しか知らない機長が操縦しているので、どうしていいのかわからない。だから乗客もこの30年間さまよい続けている。

 

──「この30年」と言われましたけど、その30年の中には、民主党政権の時代(2009年9月~2012年12月)も含まれていますよね。つまり小川さん自身が与党・政権の一員だった時代もある。そのあたりはどうお考えなんですか?

小川 2009年に政権交代を果たしたときは、「今日から政治が変わる」と日本中が希望にあふれていたはずですが、結果として稚拙な政権となり、政治を変えることができなかった。その責任はいまでも感じていますし、申し訳なく思います。しかも、あのときの失敗によって、野党による再度の政権交代ははるかに遠のいてしまった。つまり、我々には「政治を変えられなかった責任」「政権交代が遠ざかってしまった責任」というダブルの責任があります。旧民主党の流れを汲む人間が政権奪還を目指すのであれば──もちろん私もその一人ですが──まずは当時の総括や反省、場合によっては謝罪が必要だと国民が考えるのも当然だと思いますし、その声に応えなくてはならないと考えます。

──そうですね。私も当時の民主党に期待して、その後ガッカリした人間の一人です。あのときの期待が大きかった分、いまの野党には期待できないと思っている国民は多いでしょう。「いまの自民はヒドいけど、それでも野党よりはマシ」みたいな感じです。

小川 それでも持続可能な日本にするためには「政治主導」が必要です。民主党が政権交代を果たしたとき、僕は古巣だった総務省の政務官に就任していますが、そのときに官僚の皆さんの前でこう申し上げたことがあります。

「なぜ政権交代は起きたのか。それは成長期の再分配モデルが行き詰まったからです。これから政治は、政治家主導が求められることになります。成長期は官僚が絵を描いて政治家が追認するボトムアップ型の意思決定でよかった。ところが下りの時代に入ると、最初に政治家が全体調和・全体最適を描いて、それを部分部分に落とし込まないと実行不可能になる。したがって、意思決定は政から官へのトップダウン型に切り替わらざるを得ない」

後に当時の事務次官が「よくわかりました」と宴会の席で言ってくれました。2009年当時は、自分の力不足もあって無我夢中で駆け回っているうちに自民党に政権が戻ってしまったということです。

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