フルーツサンド、寿司、焼肉が暗示するもの

坂元裕二脚本のドラマでは、他愛ない雑談やさりげない小道具によって、ひとつのイメージを視聴者に繰り返し刷り込み、物語を象徴する重要なテーマやキーワードを暗に示していることがしばしばある。

例えば『カルテット』(TBS系・’16年)では、ドーナツやバームクーヘン、カーリング、クロスワードパズルといった小道具によって、この物語が「穴の空いたもの」=「欠陥を抱えた人たち」のドラマであることが示される。また、「唐揚げにレモンをかけるかどうか」という雑談が、実は巻真紀(松たか子)の夫婦関係の決定的なズレを象徴するエピソードへとつながり、「かけたレモンは元に戻らない」=「不可逆」というドラマの重要なテーマを誘導していた。

本作『大豆田とわ子と三人の元夫』(関西テレビ・フジテレビ系、以下『まめ夫』)でも、「丸いものやループするもの」「何かが過剰ではみ出してしまうもの」が随所にちりばめられているのは以前の記事「『大豆田とわ子と三人の元夫』が「3」という数字に満ちている理由」で指摘した通りだ。では、とわ子(松たか子)が親友・綿来かごめ(市川実日子)の死から1年を経て、謎の男X(オダギリジョー )と出会う第7話には、どんなメッセージが隠されていたのか。

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第7話には、本来一緒に食べるはずのものが別々になってしまう描写がたびたび出てくる。とわ子がフルーツサンドを食べようとするとフルーツが抜け落ちる。寿司を食べるときネタがはがれ落ちる。佐藤鹿太郎(角田晃広)が焼肉をタレに付けると、ネギがこぼれ落ちる。これらは何を象徴しているのだろう。

1つ目は、文字通り「2つのものが離ればなれになる」ということだ。

サンドイッチから飛び出すフルーツは、高校入学を機に祖父の家で暮らすことになった娘の唄(豊嶋花)の自立を比喩している。中村慎森(岡田将生)は、握り寿司のネタだけ食べてシャリを残す食べ方になぞらえて、外資系ファンド・マディソンパートナーズの企業買収の手口を明かす。そして、鹿太郎が焼肉からネギを落としているちょうどそのとき、田中八作(松田龍平)ととわ子は娘と離れて暮らす寂しさを語り合うが、言外には1年前に亡くなったかごめのことが念頭にあり、しかしそのことはお互い言葉に出せずにいるのだ。