自分の穢れは「身代わり」に移して祓う!?

ところで、百人一首にこんな歌がある。おそらく耳にしたことがあるだろう。

風そよぐ ならの小川の夕暮れは 禊(みそぎ)ぞ夏のしるしなりけり

(旧暦6月末は現在の8月初めなので)楢の葉が風に揺れている。「ならの小川」は秋のように涼しいが、禊はまさに夏の神事。そう、まだ夏なのだ。

参拝者が息を吹きかけた人形(ひとがた)を、神職が1枚1枚、「ならの小川」に流す。撮影/秋尾沙戸子

この歌の舞台は洛北にある上賀茂神社。詠まれている禊(みそぎ)は、夏越の祓だ。例年、6月30日の夜、上賀茂神社では、ならの小川にかかる橋殿の上で、大祓の詞が唱えられる中、神職2人が、参拝客の人形(ひとがた)を1枚1枚、川に流していく。

神社で人間の形を切り抜いた白い紙を見たことがあろう。あれが人形(ひとがた)である。その紙をもって、からだの悪いところをさすり、息を吹きかけて箱に入れるように指示されているはずだ。この人形は自分の穢れを移す身代わりである。

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水面に舞い降りた人形は、ゆっくりと下流に流れていくのだが、その水の中にはたてられた薪(たきぎ)から炎が降りかかる。まさに火と水で、人形が禊を受けるのである。昨秋のコラムに「神さま」は「火水(かみ)さま」であると書いたのを覚えておられるだろうか。あの話が目に見える形で繰り広げられるのだ。

上賀茂神社の夏越の祓では、人形(ひとがた)の穢れを火と水で祓う。撮影/秋尾沙戸子