河合雅雄さんがカメルーンの森の奥でだけ見せた「意外な素顔」

日本での厳格な姿とは真逆だった
三谷 雅純 プロフィール

病弱だったことの強み

学生に接するときは、すべての学生を平等にあつかう優れた指導者でした。人の好き嫌いはあったにしても、自身の感情をあまり見せない人でした。対照的にカメルーンの森の奥では童心に返り、夢中になってチョウ捕り網を振り回していました。

臥せっていた若い頃とは打って変わって、もう生きてはいまいといっていた40歳をとうに過ぎ、60歳を超えてからも、いろいろなことに挑戦されました。

「医者をしている兄貴がいっていたが、病気は竹が風を受けているようなものだ。竹はしなうけれど、限度を超えると折れてしまう。どこまでしなうと折れてしまうかは、人によって違う。その限度を知ることが大切だ。自分はその限度を知っていたので、病弱だったが、この歳まで元気にしている」

こうおっしゃったことがあります。

河合雅雄さん(右から二人目)と妻の良子さんを囲んで。左から二人目は中川尚史さん(京都大学教授、霊長類学会会長)、左端が筆者。河合さんの90歳をお祝いする会にて

言葉のとおり、今西さんの弟子の中では最も長命でした。片方しかない肺にがんが見つかりましたが、重大事にはならずに命をつながれました。「カニ(=キャンサー、つまりがん)を飼っている」とおどけていわれたこともあります。

わたしは兵庫県立「人と自然の博物館」に、伊谷純一郎さんが開館をするまでの準備室長をされていたときに、伊谷さんに誘われて奉職しました。

河合さんは、伊谷さんが亡くなられてから館長に就任されました。京都大学の霊長類研究所があった愛知県犬山市を引き払い、郷里である兵庫県の篠山に来てからも仕事を進められました。大学行政とは縁を切り、ボルネオ島のダナンバレー自然保護区で子どもの外遊びを計画したり、丹波の森公苑で里山作りに励んでいらっしゃったりしました。

1924年生まれでしたから、今年97歳でした。

ご冥福をお祈りいたします。

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