河合雅雄さんがカメルーンの森の奥でだけ見せた「意外な素顔」

日本での厳格な姿とは真逆だった
三谷 雅純 プロフィール

森の奥でだけ見せる「素顔」

河合さんは、必要以上には他人を寄せつけない人でした。

そのため、本当に親しくしていただいたのは、わたしが博士課程の大学院生としてカメルーンで一緒に過ごすようになってからです。日本で出会う河合さんは、いつも、何かしらの仕事を抱えておられました。余裕が感じられないのは、そのためだとばかり思っていました。ところがそれは、人間関係の緊張から来ていたのです。今ではそう思います。

河合雅雄河合雅雄さん(1984年撮影) Photo by Kodansha Photo Archives

日本では忙しい日常を過ごしておられましたが、カメルーンの森の奥では、こちらがびっくりするほどの穏やかさを発揮されました。

たとえば、わたしは車の運転が下手なのですが、どうしても運転をしなければいけなくなると「やってやろか?」と気楽に運転を代わってくれました。森の奥の、1週間に1台、車が通るか通らないかという場所でのことなのです。

それが、日本に帰るとふたたび緊張した人間関係の坩堝(るつぼ)にはまり、森の奥で起こった出来事などはどこかへ吹き飛んでしまいました。人間関係の緊張からは、他人に弱みを見せられないという河合さんの張り詰めた思いを感じました。わたしにはよく、「俺は若いときから、やせ我慢をしてきたからな」とつぶやいておられました。

「40歳まで生きられるとは思わなかった」

じつは、河合さんも障害者です。

結核の影響で、片方だけの肺で過ごしていらっしゃいました。飲んだ薬の副作用で、もう一方の肺が潰れたのだと教えてもらいました。

そのために健常な成人男性のような肺活量がなく、よくご自身のことを「(ありえない)30ccの原付バイク」に喩えておられました。「まわりの人は大きな排気量のりっぱなバイクだが、自分は小さな原付だ」というのです。

後になって、障害者としての申請を出せばよかったといって笑っておられましたが、実際には、申請をするわけにはいかなかったはずです。若い頃の河合さんは体力が続かなくて臥せってばかりいましたし、大学に入学しても授業にも出られないありさまです。

「40歳まで生きられるとは思わなかった」

これは、河合さん自身の言葉です。そんな河合さんの若い頃は、戦争の真っ最中でした。「体力が続かなくて臥せってばかりいる」ということは、「兵隊としては役に立たない」ことを意味します。

富国強兵が国是であった時代です。うつうつと感じていた「自分は長く生きられない」という思いと国是の強要は、亡くなるまで強い矛盾として河合さんのこころに残ったように感じます。

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