河合雅雄さんがカメルーンの森の奥でだけ見せた「意外な素顔」

日本での厳格な姿とは真逆だった
ニホンザルがイモを食べる際、海水で洗ってきれいにしながら、同時に塩味をつけて食事を堪能している。しかもその行動は、学習を通じて他のサルにも伝わっていく──サルの世界にも文化的な行動があることを見出し、霊長類学の最前線で活躍した京都大学名誉教授・河合雅雄さんが先月、逝去されました。

サル学の泰斗の間近で、ともにフィールドワークをはじめとする研究に従事してきた兵庫県立大学 自然・環境科学研究所の客員教授・三谷雅純さんに追悼文をご寄稿いただきました。

最後の調査

2021年5月14日、河合雅雄先生が亡くなりました。

わたしはいつも、河合雅雄先生のことを「河合さん」とよんでいました。霊長類学者だけがそうよぶのだと思っていたら、京都大学では昔からの習慣だそうです。どんな偉い先生に対しても、学生は「○○さん」とよぶのです。ですから、この文章も「河合雅雄さん」について書くことにします。

河合雅雄さんといえば、童話作家としてのペンネーム「草山万兎(くさやま・まと)」や、ユング心理学者で文化庁長官を務められた河合隼雄さんが実弟でいらしたことが有名です。しかし、どの追悼文も、河合さんが長いあいだ、アフリカで調査隊を組織してヒヒの仲間を調べていたことにはあまり触れていません。

河合さんはアフリカでの調査で、ヒトの社会を解き明かすためにヒヒの仲間の社会構造を体系的に調べていたのです。わたしが参加したカメルーンの熱帯林では、最後の調査として、当時、森林性のヒヒの仲間であると誤解されていたドリルとマンドリルの社会構造を解き明かそうと挑戦しておられました。

カメルーンの森で撮影したマンドリル

今ではゲノムがかんたんに調べられるようになり、ドリルやマンドリルはヒヒの仲間というよりも、森林性のマンガベイというサルの仲間といったほうがよいとわかってきましたが、当時はヒヒの仲間であると信じて誰も疑いませんでした。ここで披露する逸話も、カメルーン南西部に調査に出かけていた頃の話です。

「見えなかったもの」が見えるように

わたし自身のことも、かんたんに説明しておきます。

わたしは2級の重度身体障害者です。高次脳機能障害もあります。カメルーンの調査に誘っていただいた頃は、健康にはそれなりに自信がありました。日の出前から日没までの丸一日森を歩いても、調査小屋に帰ってからは、毎日、調査日誌を書き、その日、森で出会った不思議なできごとの意味を考えるゆとりもありました。

しかし、日本での限度を超えたデスクワークがたたり、血栓が脳血管に詰まってしまう脳塞栓症を患いました。その後遺症として障害者になったのです。わたしに思い当たる既往症はありませんでした。

筆者。スマトラ島の海岸にて

そしてそれからは、わたしから見える世界は、がらっと変わってしまいました。わたしを取り巻く社会の態度の変化が大きかったのですが、わたしのほうも──生理的に、体力的に、そして何を感じ、何を感じないかという認知機能も──変わっていきました。それまでは見えなかったものが見えるようになったのです。

ここに記すのは、そんな「見えなかったものが見えるようになった」後に書いた文章です。

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