〈あなたを解雇します〉人生を予測される前に知っておくべきこと

ショートショートで学ぶ機械学習【4】

近年、著しい進歩を続ける機械学習。センター入試の英語の試験では機械学習を使うことで、200満点中185点をとることに成功し、将棋や囲碁ではもはや人間が太刀打ちできないレベルの能力を獲得。画像処理にいたっては、フェイク画像はもちろんのこと、オリジナルのキャラクターを造形できるところまで到達している。

今後のビジネスや科学研究を続けていくうえでもはや無視できない存在になりつつある「機械学習」だが、言葉ばかりが先走りして、その本質を理解している人はごくわずかだ。「機械学習」とはいかなるものか、社会にどのような変化をもたらすのか。機械学習の専門家であり、科学出版賞受賞した書き手として知られる田口善弘氏が、ショートショートで「機械学習」がもたらす未来世界を描く。

あなたを解雇します

「なぜ、トムなのですか?」

マチルダは不満げに訴えた。だが、画面の向こうの能吏然とした上司はただこういうだけだ。

「機械学習がそう言っている」

機械学習が社員の一挙手一投足を全部取り込んで、問題行動を起こす社員を予め解雇するようになってから数年が経過した。この仕組み自体にマチルダは不満があった。問題を起こす前に解雇された社員は結局問題は起こさないわけで、じゃあ、なんで解雇されたのかわけがわからない。だから、こんなシステムを導入していることは社員には内緒だし、解雇する時も全く別の理由をつけないといけない。そのことも不満だった。

【イラスト】問題行動を起こす社員を見つける

正直、トムは可愛い部下だ。30過ぎた立派な男性を可愛いと言ってはいけないのだろうけど、ボス、ボスと慕ってくれるし、自分に気に入られようと、必死に頑張っているのがよくわかる。そのトムを、機械学習はいつか問題行動を起こすと判断した。

「GPT-10を使え。それを口実にしてトムを解雇するように」

ため息が出た。正直、トムが問題を起こすとは到底思えない。実際、精度が100%の機械学習は存在しない。今回も多分、機械学習の間違いだ。だが、それを証明する術はない。仮にトムが今年、いや、来年、問題を起こさなくてもなんの証明にもならない。機械学習の予測は「いつか」トムは問題を起こす、というものだ。馬鹿げている。だが、マチルダも会社のルールには逆らえない。

いつ、自分が「問題を起こす方」に分類されないとも限らない。いや、違う、とマチルダは思う。結局、自分は理不尽だと思っても会社のルールに従ってトムを解雇するだろう。GPT-10を口実にして。そして、こうやって理不尽なルールにも従い続ける以上マチルダが問題を起こさないと判断した機械学習は実はやっぱり正しいことになる。なんたる理不尽、なんたる矛盾。

マチルダは最後の抵抗を試みた。

「せめて、何か、彼に、トムのためにできることはないのですか?」

恋人ができたと幸せそうに教えてくれたトム。いずれは彼女と結婚する気らしく、彼女を幸せにするためにも頑張ると言っていた。今時、男が働いて女を幸せにするなんて時代遅れもいいところだが、まあ、トムとその彼女がそれでいいなら余計なお世話だろう。蓼食う虫も好き好きというか、個人の自由だ。だが、そんなトム、ちょっと時代錯誤的にまじめすぎるトムが理不尽な理由で解雇になったらどうなるか? 何をするかわかったものではない。それがマチルダは心配だ。他人を傷つけはしないだろう、だが、自分自身を傷つけるようなことはするかもしれない。

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