〈あなたの心、読みます〉思想統制も可能!? 思考が読み取られる日はすぐそこ

ショートショートで学ぶ機械学習【3】

近年、著しい進歩を続ける機械学習。センター入試の英語の試験では機械学習を使うことで、200満点中185点をとることに成功し、将棋や囲碁ではもはや人間が太刀打ちできないレベルの能力を獲得。画像処理にいたっては、フェイク画像はもちろんのこと、オリジナルのキャラクターを造形できるところまで到達している。

今後のビジネスや科学研究を続けていくうえでもはや無視できない存在になりつつある「機械学習」だが、言葉ばかりが先走りして、その本質を理解している人はごくわずかだ。「機械学習」とはいかなるものか、社会にどのような変化をもたらすのか。機械学習の専門家であり、科学出版賞受賞した書き手として知られる田口善弘氏が、ショートショートで「機械学習」がもたらす未来世界を描く。

あなたの心、読みます

「トム、やっぱりこんなやり方、間違っているわ」

ブレンダは画面に映っている憔悴しきったトムの画像に向かって、必死に訴えた。トムが突然、連絡してきた時は驚いた。たしかに何度もアリスと三人で会ったし、アカウントの交換もした。

「アリスをとられた」

と冗談交じりで、苦情も言った。でも、ブレンダとトムの関係はあくまでアリスを介して、だけのはずだった。直接、連絡をとりあったことなんてない。連絡が来たのにも驚いたが、いきなり

「寝室の写真を送ってくれ」

と言われたときは更に驚いた。だが、その理由を聞いたときには驚きを通り越して呆れた。だが、ここで拒否ったら、トムは本当に何をするか分からないほど思い詰めていた。

「お願いだ、あと1時間しかここにいられないんだ。会社を追い出されたらフェイク動画をすぐに作るだけのファシリティは僕にはないんだ」

と言われては仕方ない。それにトムのプラン通りなら、アリスに動画を送るのはブレンダの役目だ。だったら、キャスティングボードを握れるからなんとかなる。だが、そう思ったのは甘かった。トムは頑なだった。どうしてもアリスに愛想をつかされて別れないといけないという。確かに何も言わないでトムがいなくなったら、アリスは永遠に待ち続けるかもしれないし、居場所を突き止めようとするかもしれない。

「アリスはトムが失業したことなんて気にしないよ」

とブレンダがいくら言っても

「僕が気にする」

と言い張る。職を失った以上、絶対にアリスを幸せに出来ないと思い込んでいる。丸3日説得しても、トムは折れず、ついに言うとおりにしないなら、失踪するといい始めた。それだけはだめだ。まったくなんでアリスはよりにもよってこんな面倒くさい男と恋仲になってしまったのか。ブレンダは心底恨めしくなった。

【イラスト】寝室の写真を送ってくれと頼まれたgettyimages

だが、動画を送ってもブレンダには切り札がある。トムはそれを知らない。この切り札が使えるかはアリス次第だが、ブレンダには一点だけ有利な点がある。アリスも知らない切り札が。でも、アリスがトムやブレンダを信じていればこの切り札は使えるはずだ。だから、ブレンダはアリスに向かってついさっき動画を送ったのだ。結果はすぐにスマホに戻ってくる。ブレンダはスマホを取り上げて結果を確認し、顔に出ないようにほくそ笑んだ。思った通りだ。

「トム、じゃあ、聴いて。きっともうすぐアリスは私にアクセスしてくる。その時、アリスがこれが嘘だって見破っていたら、本当のことをアリスに告白してくれる?」
トムが答える。

「そんなわけはないよ。それとも君はこっそり本当のことをアリスにつたえたのかい?」

「してないわ。でも、わたしはアリスを信じる。何を送り付けたって、アリスは私とトムがこんなことをするなんてきっと信じない」

トムはゆっくりと首を左右に振った。

「だからこそ、君の部屋の寝室の写真を送ってもらったんだ。あの部屋に入ったことがあるのは君自身とアリスだけだろう? アリスはだからきっとあの動画は本物だと信じて疑わないよ。ブレンダ、君の協力なしにはあの動画は作れないし、君がこんなことで僕に協力する理由がない。アリスは僕が失業したことを知らないんだ」

SNSのアクセス音がなった。アリスだ。ブレンダはスマホを掲げて画面の中のトムに向かって示しながら、画面の向こうのトムに念を押した。

「着信はアリスからよ。約束よ。彼女が見破っていたらよりを戻す。いいわね?」

トムは頷いた。

「解った。でも、見破っていなかったらその時は、いいね?」

「解ってる」

トムは、アリスがそこまで自分を信じているとは思ってないのだろう。アリスはSNSのアクセスコードをプッシュした。結果は分かっている。なぜなら、アリスが何を考え何を思っているかブレンダは全部知っているからだ。そもそも、ブレンダがずっとアリスの「親友」でいられたのはそのおかげなのだ。

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