2021.07.12
# AI

〈あなたの顔、替えます〉リアル動画の改変技術、ディープフェイクでここまで可能に

ショートショートで学ぶ機械学習【2】
田口 善弘 プロフィール

あの部屋に越した時、シックなインテリアで固めた寝室をブレンダは自慢げにアリスに見せた。

「寝室に金かけてどうするのよ? 男でも連れこむつもり?」

と突っ込むアリスに、ブレンダは眉をひそめて

「そんなんじゃない」

と不快げに返したものだ。その寝室の豪華なベッドでブレンダは男と抱き合ってあらぬことをしている。その相手はあろうことかトムだった。頭の中で何かがぐるぐる回っている。こんなことはあるわけが無いという思いと、トムがこの数日音信不通だったという事実が交錯する。やっとの想いでビデオを切り、ブレンダのSNSにメッセージを送ろうとして、アリスはすんでのところで踏みとどまった。そして、別のアカウントにメッセージを送った。

【イラスト】アリスは別のアカウントにメッセージを送った

「ディープフェイクですね」

画面の向こうの担当者、名前もよく思い出せない、整った顔立ちにメガネの男がそう言った。やっぱり、という思いが去来する。

「この寝室の画像は本物です。CGではありません。ベッドの男性と女性の映像も本物ですが、顔は別の人物に置き換えられていますね」

その画像を見た瞬間、そうじゃないかと思ったのだ。今の機械学習の技術を使えば、こんなことは造作もない。でも、なんで? ブレンダがこんなことをしてなんの得があるのか? いたずらにしても悪質すぎる。

「この動画の作成経緯もお調べしましたが、お聞きになりたいですか?」

尋ねる相手にアリスは

「お願いします」

と返した。

「こちらの男性、トムという名前の方は3日前に勤務先を解雇されています」

アリスはえっと思った。聞いてない。

「彼はあなたの人生を台無しにしたくないと思って別れる口実を考えたようです。生半可なことでは別れられないと思った彼は、こんなことを思いついた。で、ブレンダさんに連絡をとり寝室の写真を送ってもらって、この動画を作ったようです。会社にいることができた最後の1時間で。あなたが怒りに駆られてブレンダさんに連絡をとったら、彼女はトムとの浮気をあっさり認める手はずだったようですね」

アリスは徐々に怒りがこみあげてくるのを感じた。バカにしている。こんなことでトムを見捨てると思われたことが情けなかった。そして、なにより、こんな画像を本物だと信じるほど自分がトムやブレンダを信じてない上に、最近の技術にも疎いと思われたことが。

「ありがとうございました」

アリスは接続をきるとブレンダのアカウントにアクセスした。ブレンダはアリスが怒りに駆られてアクセスしてくると待ち構えているだろう。そう、確かにアリスはかんかんに怒っている。ブレンダが思っているのとは全然別の理由で、だったけど。


動画の好きな部分を好きな画像に置き換えられるディープフェイク

ディープフェイクという技術がある。この技術は、動画の好きな部分を好きな画像に置き換えることができる。

そんなことは昔からできた、と言うなかれ。確かにスターウォーズみたいなSF映画は実際には俳優はグリーンスクリーンの前で演技していて、背景の壮大な宇宙都市は別途CGで作成されたものがはめ込まれたりしている。

だが、ディープフェイクと呼ばれる技術はそういうものではない。従来の合成では別々に撮影された動画を組み合わせただけであり、動画は撮影時から合成されることが前提で作られていた。だが、ディープフェイクは、あとで合成されることをまったく想定しない、普通に撮られた画像に改変を加えることができる。

しかも、その改変する画像を別途撮影する必要もない。普通に撮影した動画の顔を別の人物に置き換えることなど造作もない。2021年3月にこの技術を使って作られた動画がTikTokに投稿された。そのあまりの完成度の高さに動画は「バズった」。

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