2021.05.29
# ホモソーシャル

「ホモソーシャル」って最近よく聞くけど、結局どういう意味ですか…?

その危うさと可能性

このところジェンダーにまつわる炎上などでしばしば目にするようになった「ホモソーシャル」という言葉。わかったようでわからないこの言葉について、東京都立大学特任助教で、ジェンダー・セクシュアリティや労働・家族の社会学を専門とする川口遼さんに話を聞きました。

 

もともとどんな意味の言葉なのか

——最近ネット上などで「ホモソーシャル」という言葉をよく耳にするようになりました。そもそもどのような出自を持つ言葉で、どのような意味なのでしょうか。

もともとは「同性間の非性的な関係」を示す語として歴史研究などで使われていました。19世紀後半から20世紀にかけて欧米を中心に同性間の性愛関係は「ホモセクシュアル」と呼ばれるようになりましたが、「ホモソーシャル」はこれと区別されるような、男女問わず同性同士の友人関係などを指すもの、と理解されてきました。

そこに変化を起こしたのは、英文学研究者のイヴ・セジウィックの1986年の著書”Between Men: English Literature and Male Homosocial Desire”(邦訳『男同士の絆――イギリス文学とホモソーシャルな欲望』1990年)です。シェイクスピアからディケンズまでイギリス文学の古典において特に男性同士の関係性がどのように表されていたのか、特にその歴史的変遷を追うものです。単なる友情論に終わらず、ジェンダーとセクシュアリティの深いつながりを鮮やかに描きだしている点が魅力です。

 

セジウィックによれば恋愛を主題とする文学作品では、しばしば三角関係、つまりある女性とその女性を求めるふたりの男性、といった関係が繰り返し取り上げられています。しかし、よくよくその関係性を見ていくと、主人公(たいてい男性です)と女性との関係やライバルの男性とその女性との関係と同じぐらい、場合によってはそれ以上に、ライバル関係にある男性同士の関係の方が激しく、強いものとして描かれていることに気づきます。

例えばシェイクスピアの『ソネット集』では、語り手の詩人は、ライバルが女性を「ものにしたこと」以上に、「彼女(争いの対象)がきみ(ライバル)をものにしたこと」の方が「私にとっては傷の深い愛の損失」だとうたいます。

あるいはウィリアム・ウィッチャリーの『田舎女房』では、友人を出し抜いてその妻を寝取ろうとする貴族も、反対に妻を取られまいと様々に策を弄する貴族も、妻や恋人との関係以上に、憧れたり、妬んだり、侮蔑したりと男性同士の関わり合いのほうをずっと重要視しているように見えます。

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