両親を続けて見送り、50歳になって気づいたこと

40代半ばを迎える頃には日常生活や心身の健康が整ってきて、再び新しい猫たちとの生活も始まった。

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すると不思議なことに、周りにも変化が起きてきた。別れた「元彼」と、いい友達としての新たな人間関係が復活したり、困っている友人の話を親身になって聞いてあげられるようにもなった。ところがそんな矢先、猫沢さんの人生にまた新たな展開が……。父が末期がんであることがわかり、その約ひと月後には、母もまた末期のがんと診断されたのだ。

「父は手術も治療も拒否し、『死に方は自分で選ぶんだ』といって、福島の実家で好きなように暮らす日々を続けました。亡くなる1週間前まで、きちんとジャケットにお気に入りのハンチング帽を被り、杖をついて病院へ通っていました。

母のほうはがん治療のために東京に来て、摘出手術をして2年間は抗がん剤治療が効いていました。その間、私が頚椎ヘルニアを患って手術とリハビリに約半年間。そして、やっと動けるようになった頃に、母のがんが再発。終末医療を受けることになり、私と兄弟と交代で母の介護に通う日々が約一年間、続きました。母は何もかも父とは対照的で、最末期の頃は、変化する自分の体に、さらに死に対しても、とても恐怖を感じていました」

奇しくも40代後半に集中して父と母の介護や見送りに直面したことで、自然と自分の死生観について向き合わざるを得なくなったという猫沢さん。『ねこしき』の最終章には、その想いがまとめられている。

最終章の扉。猫沢さんの愛猫たち。写真/鈴木陽介『ねこしき』

「母を見送って半年後に私は50歳になり、それからしばらくして『ねこしき』を書き始めました。父と母、二人の死は私にさまざまなことを教えてくれました。

まず自分が50歳を迎えたとき、『実は私にもそんなに時間があるわけじゃないぞ』、と。でもそれはネガティブな意味じゃなくて、これまで50年、喜怒哀楽いろんな経験をしてきた自分を信じながら、残りの人生をより輝かせる生き方をしていきたいという思いが強くなったんです。すると不思議なほど、猫も含めて大切な仲間たちと一緒にいる時間の素晴らしさがすごく鮮明に思えて、改めてその幸せをかみしめることにもなりました。

そして、もしも『良い死に方』というのがあるとしたら、自分が納得した死に方ができるように、これからの時間を今以上に大切に使って、その日まで気持ち良く生きていきたいと思うようになりました」