40歳前後でどん底に、そして救ってくれた食

20代でミュージシャンとしてデビューした猫沢さん。30代で当時の恋人と会社を立ち上げ、32歳から約4年間パリで生活。会社の経営が傾いてきたため日本に帰国し、恋人との関係も悪化していくなかで、自身は病を患い二度の手術を経験。

やがて恋人と別れ、さらに日本→パリ→日本と、ずっと生活を共にしてきた愛猫との別れが来て……40歳前後で(ご自身曰く)仕事もお金も健康も愛も、すべて失った。

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「もうこれ以上落ちようのないところまで落ちたな、という感覚がありました。でもその頃は、自分の身に起きている厳しい現実を他の誰かのせいにしたりして、問題に向き合う気持ちが全くありませんでした」

そんなどん底から浮上するきっかけとなったのが、食だった。まずは弱り切った体を立て直すために食生活全般を見直して、自分で料理を作ること。猫沢さんの魂は生きていくことを選んだのだ。そう、どれだけ落ち込んでもお腹は空く。

もともと料理は好きで、アルバイトで稼ぐ少ないお金の中で無駄のないようにやりくりをしながらレシピを工夫した。そして1品を作った瞬間に湧き上がる、とても小さな達成感。さらにそれが美味しかったりすると、うれしさは倍増する。そんな1日3回のエネルギーチャージを積み重ねながら、オリジナルのメニューがどんどん生み出されていった。のちに「#猫沢飯」としてインスタグラムにアップされたその生活食は、身近な食材を使った親しみやすさや、ビジュアルの美しさが評判を呼んだ。

昨年のクリスマス、石田ゆり子さんがインスタにアップした名物猫沢飯の「ほんとのポト・フー」のレシピも掲載されている。写真/鈴木陽介『ねこしき』

「私の中で、食事とは、命をいただく『葬いの儀式』。食べる私たちからすれば祝祭でもあります。だから、料理した食材はお皿の上で美しく飾ってあげたい」と猫沢さんはいう。

「命をいただく食材の声を聞きながら、その良さを最大限に引き出すレシピを考える作業を続けていたら、しばらく忘れていた自分自身の声が聞こえるようになってきたんです。一時期、とらわれていたつまらないプライドやひねくれた心は消えていて、楽しいとか、哀しいとか、自然な気持ちがわかってきて、そうなった時に、初めて心から自分を許すことができるようになりました」

絶対作りたくなる「くるみ春菊アンチョビのポテトサラダ」写真/鈴木陽介『ねこしき』