「自己決定」の大切さ

アンケートとは別に、私の元には日々DMが届く。今の悩みや緊急を要するものまでさまざまだ。

「バービーさん助けて、、、彼氏が避妊について全く理解しておらずしんどいです。女の子の気持ち考えて欲しいよ」これは成人女性のDMだ。10代の子のものではない。

避妊をしない男性が一番のクズであることは確かだ。だが、それを何度も受け入れてしまっているのなら、駆けつけられる距離感にいない私に助けを求めてくるより、一刻も早く自身の身を守る必要がある。

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好きな気持ちがあって失いたくないかもしれない。もしかしたら、暴力を振るわれてNOを言えないのかもしれない。でも、避妊に協力してもらえないなら、その場から立ち去ることをしたっていいし、然るべき第三者を入れて警告してもいい。向き合いたいのであれば、相手が理解するまで根気よく説明できるのは、まず自分自身だ

もちろん、頑張ってもできない人も多いが、自己決定を出来ない現状があれば、まず自分で決める大切さを知る必要があるのではないだろうか。「女の子なんだから」という理由で、大人から自己決定する機会を与えられてこなかった人もいるかもしれない。

鍛えたことのない、ふにゃふにゃの足腰に重いリュックを背負わされて登山したら、すぐにバテてしまう。山=社会をなめてはいけない。急に変わる天候、突然現れる橋のない川、思いもよらない事態に直面したときに、自分で決めるトレーニングをしてこなかった彼女たちの心身がポキッと折れてしまわないか心配だ。

自立には責任が伴う。

社会のジェンダー観が急速に移ろうなか、男性は居心地が悪くなったという意見も聞く。だが、それは男性だけの話だろうか? 女性の躍進や自立の波が想像より早く来た場合、上手く乗れる人もいれば、飲み込まれてしまう人も出てくるのではないか?

パートナーに聞いてみた。
自分にはスキルも才能もないから、パートナーになる人には収入を求めるって考え方になるのは、女性特有のバイアスなのかなぁ? だって、男性はスキルも才能もなくても優劣つけられながらも、仕事しないと白い目で見られるじゃない。スキルがないから女性パートナーに収入を求めるって公言したら、ヒモとか言われるし」

返ってきた言葉は、
あなたはすごく稀な人」だった。

写真提供/バービー

パートナー曰く、私はやりたいことと努力が噛み合った珍しいケースだという。頑張っても結果として現れないことのほうがほとんどで、そうこうしている間に希望も勇気もほとほと尽きてしまう。なんでもかんでも努力すれば良いってもんじゃない。

だったらパートナーに収入を求めたとしても、支えることが得意な人もいるし、サポートされた夫がそのことによって収入が上がればいいんじゃない。秘書みたいに応援に向いてる人もいる。それは性が逆でも同じこと。だから、バイアスがあるとは簡単に言えないと思う、と。

確かに私が考えていたのは、適材適所というより、いかに男性と同じスタートラインに立つか、ということばかりだった。自分の価値を同性に押し付け、独りよがりな視点で考えていたことを反省した。

数年前、年上の女性医師が「自分より年収の低い男に抱かれていても気持ちよくないでしょ」と言っていて、「なんて人の尊厳を踏みにじる発言なんだろう」と愕然したことがある。自分で経済的に自立していても、こういった感覚を持っている人もいる。いや、むしろ、性別関係なく、金銭的に恵まれているからこそ出てきた傲慢な発言かもしれない。

多様性、答えのない時代、と言いながらも、ニューノーマル、サスティナブル、ポリコレ、ボディポジティブ、社会正義な言葉で溢れる今。

悪しき習慣を断ち切ろうというパワーは人に希望を与えるが、時にまた別の誰かを傷つける可能性もある。時代の流れが早いからこそ、これらの言葉の陰に隠れて見えなくなってしまった人の存在は忘れてはならないと思うのだ

結果として、YouTubeにコメントしてくれた男性のような意見は100%事実だというわけじゃなかったし、やはり偏見な部分もあると思うが、間違ってもいなかった。

ただ、お互いが求めているものは同じはずだ。何不自由のない暮らし。いかなるものにも脅かされない幸せな家庭。

喧嘩したときに頭を冷やせる別室がある家に住みたいし、王様のブランチでやってるようなトレンドのスイーツを食べて、あーでもないこーでもないと言い合う余裕は欲しい。

写真提供/バービー