抱きしめたまま、しばらく動かない
選択肢は一つしかない。情に訴えるのだ。何て言えば情に訴えられるかと考えている私を抱きしめたまま、アブーは微動だにしない。そして、暫く沈黙した後にこう言った。「23年間生きてきて初めて女性を抱きしめた。僕は今とても感動している」
え? 抱擁だけで彼の眼は感激のあまりウルウルしちゃっている。そう、婚前交渉が禁止のイスラム教徒が女性にボディタッチしたことがなくても不思議じゃない。アブーは「女性の弾力のある肌を触ってみたいんだ。ちょっと触ってみるだけで満足するから……どうか願いを受け入れてくれないか?」と懇願されてしまった。
咄嗟に「結婚しているからできない」と断ったが、アブーは疑いの眼で私を見てくる。指輪をしてないし、既婚女性が一人で世界を旅するなんて100%あり得ないと言うのだ。
「結婚するまで女性に触ることができないし、イスラム教以外の外国人にしか頼めないんだ。オマーンでは外国人女性と知り合うチャンスなんて滅多にない。頼む!お願いだ、肌を触らせてくれ!」と、頭を下げる始末。
仮にイスラム圏でレイプが発覚したら、死刑に値するレベルの重罪になるだろう。そうなったら、レイプした後に殺して証拠隠滅するかも。命を守るために彼の切実な願いを聞き入れたほうがいいかもしれない……。
一瞬そう考えたが、性欲真っ盛りの23歳男性が、肌を触ったりするだけで満足するとは思えない。少しでも許したら、確実にエスカレートするだろう。こうなったらイスラム教唯一の神、アラーに訴えよう。アラブ国を多く周って来たが、敬虔なイスラム教徒にとってアラーの教えは絶対だ。
一か八か腹をくくった私は、アブーに説教し始めた。「アラーは全てお見通し。全ての行為はアラーに見られている。婚前交渉、ボディタッチをすれば一生アラーは許さないでしょう。生涯苦しむことになってもいいの?」彼の眼を真剣な表情で見つめ、必死に訴え続けた。